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病院を飛び出した美恵子は、先日と同じように闇雲に走っているように見えたかもしれない。しかし、彼女は今日、学校でこの病院近辺の地図を調べてきていた。
冷静に、人気のないであろう住宅街へと進む。しかし、数ブロック走ればすぐに大通りに出られるような、そんな場所へ。
病院のロビーで時間を潰したおかげで、もう陽は暮れかかっている。暗くなるまで、そんなにはかからない。
場所は住宅街の道路。空は藍色に染まり、周囲は薄闇に満ちている。
ゆっくりと歩きながら、時々携帯の画面に視線を落とす。
やがて、ばちん、と大きな音を立てて、数メートル前方で街灯が消えた。
はっとして、周囲を見渡す。
立て続けに音を立て、次々に街灯の灯りが消えていった。
携帯は、圏外。
用心深く、周囲の気配を探る。
一度経験したことだ。心の準備はできている。
震える指先を握りこみ、美恵子は重苦しい沈黙に耐えていた。
その頭上、街灯が取りつけられていた電柱の上から、自分めがけて人影が飛びかかってくることには気づかないままに。
「きゃぁあ!」
衝撃に、悲鳴を上げる。
全く予測できていなかった身体は、無抵抗にアスファルトに叩きつけられる。
うつ伏せに倒れた身体で、何とか起きあがろうとしたところを、腰の上に鈍い重みが加わった。上体を捻ってそれに向き直ろうとするが、両手が美恵子の肩を地面に押しつける。
何とか視界の端に、ぼんやりとした白い姿が映るだけだ。
相手の呼吸すら、聞こえない。
「……貴方が、聡美ちゃんとほのちゃんを、襲ったの?」
背筋に汗が滲むのを無視して、できる限りはっきりとした声で尋ねる。
人影の動きは全くない。
前回と比べ、距離が近い。視界にあまり入ってこないとはいえ、その造作がはっきりしないのは、きっと何か、顔を覆うマスクのようなものをかぶっているのだろう。
右肩を押しつける重みが、ふいに消えた。
前に見た時に右手に持っていたものは。
何とか身体を振り払おうともがくけれど、相手は馬乗りになっていてそう簡単にはいかない。
「い、やぁ……」
掠れた声が漏れて、そして。
「頭下げぇ!」
怒声に、反射的に顔を伏せる。数秒も間を置かず、銃声が響いた。
殆どアスファルトしか見えない視界に、ばらばらと白い粉の様なものが降り注ぐ。それは地面に落ちるかどうかという辺りで、溶けるように消えていった。
「次郎五郎!」
どん、と美恵子の上に乗っていた相手の身体が、何かがぶつかったかのように重く揺れる。のしかかっていた重みが薄れ、その隙に、急いで身体の下から抜け出した。這うように一メートルほど離れて、背後を向く。
「ひゃ……!」
声にならない悲鳴が、喉を灼いた。
美恵子を襲っていた人影は、やはり白い。ぼんやりと形作られた身体が、路上に蹲っている。
その頭部は、拳二つ分ぐらいの大きさでごっそりと削られていた。
その断面すら、薄く光を放つ白い物体でできている。
ゆらり、と人影が上体を起こしかけた。
近くにいた銀色の犬が、低く唸り声を上げる。
「動くんやないで」
張りつめた声が、更に向こう側から聞こえてくる。
黒い背広が闇に半ば溶けた姿で、西園寺四郎がこちらへ銃口を向けていた。
冷静に、人気のないであろう住宅街へと進む。しかし、数ブロック走ればすぐに大通りに出られるような、そんな場所へ。
病院のロビーで時間を潰したおかげで、もう陽は暮れかかっている。暗くなるまで、そんなにはかからない。
場所は住宅街の道路。空は藍色に染まり、周囲は薄闇に満ちている。
ゆっくりと歩きながら、時々携帯の画面に視線を落とす。
やがて、ばちん、と大きな音を立てて、数メートル前方で街灯が消えた。
はっとして、周囲を見渡す。
立て続けに音を立て、次々に街灯の灯りが消えていった。
携帯は、圏外。
用心深く、周囲の気配を探る。
一度経験したことだ。心の準備はできている。
震える指先を握りこみ、美恵子は重苦しい沈黙に耐えていた。
その頭上、街灯が取りつけられていた電柱の上から、自分めがけて人影が飛びかかってくることには気づかないままに。
「きゃぁあ!」
衝撃に、悲鳴を上げる。
全く予測できていなかった身体は、無抵抗にアスファルトに叩きつけられる。
うつ伏せに倒れた身体で、何とか起きあがろうとしたところを、腰の上に鈍い重みが加わった。上体を捻ってそれに向き直ろうとするが、両手が美恵子の肩を地面に押しつける。
何とか視界の端に、ぼんやりとした白い姿が映るだけだ。
相手の呼吸すら、聞こえない。
「……貴方が、聡美ちゃんとほのちゃんを、襲ったの?」
背筋に汗が滲むのを無視して、できる限りはっきりとした声で尋ねる。
人影の動きは全くない。
前回と比べ、距離が近い。視界にあまり入ってこないとはいえ、その造作がはっきりしないのは、きっと何か、顔を覆うマスクのようなものをかぶっているのだろう。
右肩を押しつける重みが、ふいに消えた。
前に見た時に右手に持っていたものは。
何とか身体を振り払おうともがくけれど、相手は馬乗りになっていてそう簡単にはいかない。
「い、やぁ……」
掠れた声が漏れて、そして。
「頭下げぇ!」
怒声に、反射的に顔を伏せる。数秒も間を置かず、銃声が響いた。
殆どアスファルトしか見えない視界に、ばらばらと白い粉の様なものが降り注ぐ。それは地面に落ちるかどうかという辺りで、溶けるように消えていった。
「次郎五郎!」
どん、と美恵子の上に乗っていた相手の身体が、何かがぶつかったかのように重く揺れる。のしかかっていた重みが薄れ、その隙に、急いで身体の下から抜け出した。這うように一メートルほど離れて、背後を向く。
「ひゃ……!」
声にならない悲鳴が、喉を灼いた。
美恵子を襲っていた人影は、やはり白い。ぼんやりと形作られた身体が、路上に蹲っている。
その頭部は、拳二つ分ぐらいの大きさでごっそりと削られていた。
その断面すら、薄く光を放つ白い物体でできている。
ゆらり、と人影が上体を起こしかけた。
近くにいた銀色の犬が、低く唸り声を上げる。
「動くんやないで」
張りつめた声が、更に向こう側から聞こえてくる。
黒い背広が闇に半ば溶けた姿で、西園寺四郎がこちらへ銃口を向けていた。
更新日:2012-08-03 23:19:34