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三十年間、同じ名前か。よく飽きないもんですな

患者「すいてるね、どうも。珍しい歯医者だよ、待合室に誰もいないってのはな。ちょうどいいや、すぐに診てもらえらあ。ゆンべから痛んじゃって寝られやしねえ。病いは気からってな、たいていの病気は気持ちで治しちゃうんだが、歯の痛えのは我慢できねえな」

ア「石原さん、石原イチローさん、どうぞ」

石原「へえ、どうも、失礼します」

薮「石原イチロー?はやりの名前だな。誰がつけましたか?」

石原「へえ、親がつけたんで」

薮「時流にへつらった名前だな」

石原「別にへつらってはいないんで。ええ、三十年前からおんなじ名前でして」

薮「三十年間、同じ名前か。よく飽きないもんですな」

石原「へえ、飽きないんで・・・センセーはどうなんです?」

薮「ああ、そう言えばわたしもずっと同じ名前だ」

石原「やだね、センセー、ひとをからかっちゃいけねえや」

薮「子は何人おる?」

石原「いないんで」

薮「いない?タネが悪かったかな」

石原(小声で)「畑が悪いって場合もあらー」

薮「女房は何人おる?」

石原「センセー、女房はだいたい一人ですよ。ここはアラブじゃねーんだから」

薮「一人おるか。エライな」

石原「別にエラかないでしょ。世間並みだ」

薮「この不景気じゃ、ひと一人食わすのは容易じゃなかろう?」

石原「食わしてねーんで

薮「なに?食わしてない?」

石原「食わしてもらっているんで」

薮「女房働かせて、キミは遊んでおるちゅうわけか」

石原「女房働かせてんじゃない・・・えー、スケに貢がせてるんで」

薮「スケに貢がせる?器用なまねをしておるな。貢ぐ女がいるか?キミのような不器用なツラでも・・・ウーン、世間は広いな」

石原「不器用なツラはないでしょ、センセー。不細工なツラはよく聞くけど」

藪「キミはツラに似合わず博学だの。仕事せんで勉学に励んでおるのか」

石原「仕事はしているんですよ。いまさら勉学に励む年じゃねーや」

藪「何をしておるのか」

石原「へえ、・・・ムニャムニャでございまして」

薮「ムニャムニャじゃわからんな、はっきり言いなさい。はっきり・・・」

石原「へえ、ちょいと言いにくいんで」

薮「わたしが許すから言ってごらんなさい」

石原「まるで殿様だな、どうも。ンじゃあ、お言葉に甘えまして・・・えー、二枚舌を使いますんで」

藪「二枚舌を使う?キミは舌を二枚もっておるのか。変わった男だの」

石原「センセーのくせにわかってねーな。詐欺師なんで」

薮「ははー、わかった、結婚詐欺だな」

石「センセー、古いね。そりゃー半世紀前に流行ったやつだ」

藪「古かろうが新しかろうが女騙す仕事じゃろ」

石「まー、そう言やあ、そうです。たいてい女の方で勝手に引っかかるんですがねー」

更新日:2009-02-28 14:46:51

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