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section9
なにもない真っ暗な空間に、徐々に光が差し込んでくる。線状だった光は少しずつ大きくなり、それとともに景色が広がってくる。そこは濃い緑と青い空が占めていた。
森林豊かなその場所は、キラキラと光の粒で輝いており、そこで悠然と佇むチロル風の建物は、まるでここは童話の世界だと言わんばかりにメルヘンチックで、妖精か小人でも出てきそうだ。しかし、そのメルヘンな風景に水を差す厳つい男達がその前をウロウロしている。無粋というのはこういうことを言うのだろう。
ああ。でもこの景色には見覚えあるなぁ。
たしか夏に軽井沢に行って、涼子の別荘が襲撃された時だ。言い方がおかしいな。あのとき涼子はわざと襲撃を誘ったのだから、襲撃させたが正解か。
麻酔銃のことについてなにか話してたっけ。ああ、亢進剤だ。なんの話だったかな?記憶が曖昧だ。でも、厚生省も役人もろくでもないなと思っていたのは覚えている。その後麻酔銃を使ったんだ。麻酔銃は医療行為にあたるから、銃の所持を許されている警察官だって撃ってはいけないのになぁ。
麻酔銃?
意識が急激に浮上する。自然光と森林は闇の彼方へ吸い込まれ、現実という実感が蘇ってくる。ゆっくり目を開けると、暖色系のライトに彩られた、黄色い天井が視界に飛び込んできた。
ここはどこだ?俺はなんでこんなところで仰向けになっている?
「ふふ。気づいたか。わりと早かったな。」
女の声が揶揄するように笑った。どこかで聞いた覚えがある。まだ意識が曖昧だ。
声のする方に身体を向けようとして、自身の異変に気づいた。身体の感覚がない。頭から下がなくなってしまったようだ。
「身体の方はまだ動かないか。なに、すぐ元に戻るさ」
声の主は、私のそばに来てのぞき込む。
その顔を見て、全ての記憶がDVDの3倍速の巻き戻しのように戻ってきた。
米沢暁子。我々が追っていた人物だ。
まだ声を出せず、睨みつけることしかできなかったが、できるだけ力一杯睨んでやった。
負け惜しみかもしれないが、こういうことは精一杯やるに越したことがない。
それにしても、ここにいるのは本当に一昨日我々が見た、米沢暁子なのだろうか。
顔立ちはそのままなのだが、雰囲気が一変している。コンサート会場で見た彼女はわりと大人しめの清楚な感じで、服装も議員の妻らしく大人しめのものだった。
それが、今目の前にいる米沢暁子は、黒ロングの露出の高いドレスを身にまとい、妖しい雰囲気に溢れている。
違和感からなのか、何故か渋谷で見た時よりも、わずかな嫌悪感が胃のあたりからあがってくる。
「ふふ。おまえもおまえの上司も手を焼かせてくれる。ずいぶんな乱闘だったようだな。」
感覚が戻っていないのでよくわからないが、どうやら私はベッドの上にいるらしかった。私が動けないのをいいことに、暁子はベッドの上に上ってきて、覆い被さるように私を見下ろしてきた。
非常に不本意な体勢だ。嫌悪感は益々増していく。私はできるだけすごんで睨み返した。
「俺たちに何のようだ?」
出ないと思った声がかすれ混じりに出た。自分の声に驚き、わずかに身体を動かしてみて、舌打ちをしたくなる。
上半身をロープのようなもので拘束されていたのだ。そういえばなくなる意識の中、なにかが身体に絡みついたような覚えがある。
暁子は笑いながら、私の右肩に左手をおく。何気ない動作だったが、私は動けなかった。言っておくが、恐怖で動けない訳ではない。軽く手をおいたように見えるが、相当な力で押さえ込まれている。大の男を、女性が、左手だけで、である。なんて力だ。
「何故執拗なまでに俺たちを襲う?」
最初の質問に返事がないので、私は睨みながら次の質問をした。
なにがおかしいのか、暁子はくくっと笑う。
「その目。その目だよ。300年生きている中で、これだけゾクゾクさせる男にあったのは初めてだ。と言ってもあんな片田舎じゃロクな男がいないがな。自由になって日本に来てみても大した男がいない。遊ぶだけではもう飽きてしまったんだよ。」
この女はなにを言っているのだろうか。
「なにが言いたい?」
暁子の目が意外そうに私を見下ろす。
「おや。相当鈍感な男のようだな。はっきり言わなければわからないのか。」
だんだんイライラしてきた。勝手に人を麻酔銃で撃ち、拘束し、挙げ句の果てには「鈍感」呼ばわりだ。
「私はおまえが気に入った。そばに置いておくのも、相手にさせるのも申し分ない。おまえが望めば一生贅沢な生活をさせてやろう。」
森林豊かなその場所は、キラキラと光の粒で輝いており、そこで悠然と佇むチロル風の建物は、まるでここは童話の世界だと言わんばかりにメルヘンチックで、妖精か小人でも出てきそうだ。しかし、そのメルヘンな風景に水を差す厳つい男達がその前をウロウロしている。無粋というのはこういうことを言うのだろう。
ああ。でもこの景色には見覚えあるなぁ。
たしか夏に軽井沢に行って、涼子の別荘が襲撃された時だ。言い方がおかしいな。あのとき涼子はわざと襲撃を誘ったのだから、襲撃させたが正解か。
麻酔銃のことについてなにか話してたっけ。ああ、亢進剤だ。なんの話だったかな?記憶が曖昧だ。でも、厚生省も役人もろくでもないなと思っていたのは覚えている。その後麻酔銃を使ったんだ。麻酔銃は医療行為にあたるから、銃の所持を許されている警察官だって撃ってはいけないのになぁ。
麻酔銃?
意識が急激に浮上する。自然光と森林は闇の彼方へ吸い込まれ、現実という実感が蘇ってくる。ゆっくり目を開けると、暖色系のライトに彩られた、黄色い天井が視界に飛び込んできた。
ここはどこだ?俺はなんでこんなところで仰向けになっている?
「ふふ。気づいたか。わりと早かったな。」
女の声が揶揄するように笑った。どこかで聞いた覚えがある。まだ意識が曖昧だ。
声のする方に身体を向けようとして、自身の異変に気づいた。身体の感覚がない。頭から下がなくなってしまったようだ。
「身体の方はまだ動かないか。なに、すぐ元に戻るさ」
声の主は、私のそばに来てのぞき込む。
その顔を見て、全ての記憶がDVDの3倍速の巻き戻しのように戻ってきた。
米沢暁子。我々が追っていた人物だ。
まだ声を出せず、睨みつけることしかできなかったが、できるだけ力一杯睨んでやった。
負け惜しみかもしれないが、こういうことは精一杯やるに越したことがない。
それにしても、ここにいるのは本当に一昨日我々が見た、米沢暁子なのだろうか。
顔立ちはそのままなのだが、雰囲気が一変している。コンサート会場で見た彼女はわりと大人しめの清楚な感じで、服装も議員の妻らしく大人しめのものだった。
それが、今目の前にいる米沢暁子は、黒ロングの露出の高いドレスを身にまとい、妖しい雰囲気に溢れている。
違和感からなのか、何故か渋谷で見た時よりも、わずかな嫌悪感が胃のあたりからあがってくる。
「ふふ。おまえもおまえの上司も手を焼かせてくれる。ずいぶんな乱闘だったようだな。」
感覚が戻っていないのでよくわからないが、どうやら私はベッドの上にいるらしかった。私が動けないのをいいことに、暁子はベッドの上に上ってきて、覆い被さるように私を見下ろしてきた。
非常に不本意な体勢だ。嫌悪感は益々増していく。私はできるだけすごんで睨み返した。
「俺たちに何のようだ?」
出ないと思った声がかすれ混じりに出た。自分の声に驚き、わずかに身体を動かしてみて、舌打ちをしたくなる。
上半身をロープのようなもので拘束されていたのだ。そういえばなくなる意識の中、なにかが身体に絡みついたような覚えがある。
暁子は笑いながら、私の右肩に左手をおく。何気ない動作だったが、私は動けなかった。言っておくが、恐怖で動けない訳ではない。軽く手をおいたように見えるが、相当な力で押さえ込まれている。大の男を、女性が、左手だけで、である。なんて力だ。
「何故執拗なまでに俺たちを襲う?」
最初の質問に返事がないので、私は睨みながら次の質問をした。
なにがおかしいのか、暁子はくくっと笑う。
「その目。その目だよ。300年生きている中で、これだけゾクゾクさせる男にあったのは初めてだ。と言ってもあんな片田舎じゃロクな男がいないがな。自由になって日本に来てみても大した男がいない。遊ぶだけではもう飽きてしまったんだよ。」
この女はなにを言っているのだろうか。
「なにが言いたい?」
暁子の目が意外そうに私を見下ろす。
「おや。相当鈍感な男のようだな。はっきり言わなければわからないのか。」
だんだんイライラしてきた。勝手に人を麻酔銃で撃ち、拘束し、挙げ句の果てには「鈍感」呼ばわりだ。
「私はおまえが気に入った。そばに置いておくのも、相手にさせるのも申し分ない。おまえが望めば一生贅沢な生活をさせてやろう。」
更新日:2012-08-28 11:04:37