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 楽団一行は、アルテリアよりほど近い、同系列グループが経営しているホリゾンタワーホテルに宿泊していた。

渋谷駅すぐの高立地ながら、すばらしい佇まいの高級ホテルで、宿泊階からは渋谷が一望できる。
洗練された落ち着きのある内装に、教育の行き届いたホテルマンが最高級のサービスを提供する。ラグジュアリーな空間には香りまで気を使われており、来客者たちに心の安らぎを与えてくれる。

 しかし、こと薬師寺涼子にとっては不愉快意外のなにものでもないらしい。理由は簡単だ。目的の一団が観光とかで、こぞって外出中だからである。

「たく!何度も日本に来てるのにいまさら観光!?仕事で来てるんでしょ!甘ったれた考え方してんじゃないわよ!」

自分は仕事でフランスに行ったとき、おもいっきり観光しようと言ってたくせに。まぁ、結局バケモン退治になってしまったが。

 涼子は自分のことは、わざと棚に上げっぱなしにしているらしい。

「いいじゃないですか。確認を怠った我々も悪いんですし。マネージャーは会ってくれるというんですから。」

「だからって、打ち合わせ場所に来いだなんて!バカにしてるわ!こうなったら、たーぷりいぢめてやるんだから!」

会う前から、涼子にいじめてやる宣言をされるのもかわいそうだなぁ。しかし、たいていの人は彼女にいじめられるんだから、同じか。

 私たちはホテルを出て、青山通りを青山学院の方に歩いていた。オーケストラのマネージャーは青山学院近くの喫茶店にいるらしく、そちらに来て欲しいと言われたからだ。

 渋谷というメガシティと表参道というトレンドスポットを結ぶこの道は、ぽっかり穴があいたように静かである。大きな建物は存外なく、小さなビルがひしめきあい道路の間隔だけがやたら広くとってある。
それゆえ、人通りは少なく、特に平日の昼間だとまったくと言っていいほど通行人はいない。

「暁子の知人であったというオケのメンバーって誰なんですか?」

私は、隣で美しい姿勢で歩いている上司に尋ねた。本当に観客がいないのが惜しいくらいである。

「えーとね。バイオリストで今回のコンマスをやってた、アルベルト・マイトナー。ビオラのフリードリィッヒ・クライン。そして指揮者のルドルフ・ライヒ。」


「警視はこの中に、暁子夫人の協力者がいるとお考えですか?」

 私が訪ねると彼女は、形の良いトパーズ色の瞳を私にむけたが、すぐに視線を前に戻して質問返しをしてきた。

「泉田クンならどうする?あのメンバーを仲間に引き入れる?」

私の疑問点に気づいてくれたらしい。

「いえ。私ならしません。海外を多く飛び回る点では都合がいいでしょうが、自分と接点のある有名人ではかえって目立ってしまう。」

「あたしもそう思う。留学時の暁子と結びつきがなくて、有名人じゃなくて、日本に何回か来ててもそれほどおかしくない職業、だけど、暁子が接触しやすそうなのは・・・」

「今回のオーケストラのスタッフですか?」

私が間髪おかず言うと、涼子は頷いた。

「それ以外もあるだろうけど、ことさらこの時期ってのがひっかかるんだなぁ。」

 なるほど、J通信の会長が逮捕、送検されたこの時期ね。

「今回の「殺人」との関係は?」

「そこまではわかんないけど、あれはおばあちゃんの単独の犯行よ。」

「暁子夫人が単独で2リットルもの血を抜いたと?」

「そうよ。」

随分簡単に言ってくれる。

痕跡も残らず血を抜く。そんなことが可能なのはやはりモンスターなのか。

事件発生当初から湧き上っていた、『嫌な予感』を現実のものにする必要性を感じた。

今回はお由紀も岸本も係ってないんだけどなぁ。


更新日:2012-07-24 23:08:08

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