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Chapter.6 冥王と海皇は地上の状況を告げる

 声をあげたのは、むろんシオンではなかった。彼自身はどこまで察しているか不明だったが、その心のうちを明かして動揺を誘うようなことはしない。

「だとしてもだ。ポセイドン、それにハーデス。アテナから地上の支配権が奪われれば、天上のオリンポスの神々が次に狙うのは海界、そして冥界だろう。貴方がたもただ封印されたり肉体を滅ぼされたりするだけでは済むまい」
「人間風情が、我々を試そうというか」

 ポセイドンが嘲弄の色を浮かべる。

「確かにハーデスとの戦いの際は、私も地上界と冥界が共に滅んでもらうのは好ましくはないのでお前たちに助力したが、あいにく、アルテミスは海界にも縁のある女神でな。彼女がアテナから地上の支配権を奪ったというならむしろ好都合。私はアルテミスと手を組めばよいだけだ」
 
 一方、ハーデスは関心の薄い口ぶりで言った。

「我が冥界は、そもそも地上海界よりは天界に近い。まして冥界には神々の真の敵なる者を封じるタルタロスがある以上、オリンポスもうかつに冥界に手を出すことはできぬからな。アテナとの争いは長きに渡ったが、その決着がついた今では、他の神々と事を構える気にはならぬ……それに」
「それに?」
「そなたたち黄金聖闘士は、こうして封印される身となったが、生き残った白銀や青銅聖闘士の多くは、地上の支配権を継承したアルテミスの軍門に下ったようだぞ」
「……!?」

 続けたハーデスの言葉は、黄金聖闘士たちに再び衝撃をもたらした。

「ばかな!アテナの聖闘士が、たとえどのような訳があっても、アテナ以外の神に従うなど!」

 反射的にそう口にしたのはシュラである。
 ハーデスは彼の姿を見ると、わずかに表情を動かした。

「……どのような訳があっても、か。面白い。確かにそなたたちは、アテナへの裏切りを装って、余をたばかろうとした経緯があったな」
「……くっ」

 カミュ同様、痛いところを突かれたシュラが息を詰める。

「お前たちが守るものは、いったい何だ? 地上の平和と言うが、人間たち自身がそれを破ろうとするとき、お前たち聖闘士は何のために戦う?」

 ポセイドンが問い掛け、その眼をカノンに向けた。

「シードラゴン、いや、双子座ジェミニのカノンと呼ぼうか。お前は少なくとも、かつてこのポセイドンをたばかってまで、己の野望を遂げようとしたな。そのように不逞な野心を抱いていたお前がなぜ変節したか興味がある。聞かせてもらおう」

「さあな。俺が結局のところ、ただの人間だったというだけのことかもしれん」

 逃れようがないはずの追求を、だが、カノンは笑ってかわした。

「ただの人間だった、だと?」

「人は愚かだ。道を誤りもすれば、お前たち神々のように永遠不変の存在でもない……だが、だからこそ、人は変わることができる。変わった相手を許し、受け容れてくれる者も、わざわざ受け容れさせようと、何ひとつ自分の利益にはならないことをしてくれる奴もいる。いまハーデスの媒介を務めてくれている、そこの馬鹿のようにな」

 ミロが意識を保っていたなら、再度の殴り合いに発展しかねない評価を、カノンは下した。

「馬鹿はお前の媒介も同様だろうがな、ポセイドン。そいつはアテナの聖闘士ではあるが、力こそ正義であり勝利こそ美だと言ってはばからない奴だ。魚でもあるし、むしろ海界向きの奴だったかもしれん。俺が海界にいるうちにスカウトしておけばよかったかと思うぞ」
「そして、お前とともに内部から海底神殿を切り崩すか?」
「それもいい策だったな。だがそれをやっていたら、同じ手を二度使うことになり、後でハーデスに見破られていただろうから、結果としては悪くない」
「つまり、行き当たりばったりということか……どこまでも愚かな」

 ポセイドンは呆れたようである。

「俺に訊くのが間違いだ、ポセイドン。俺は厳密な意味では正規の聖闘士ではないからな。だが、それだからわかることもある」

 カノンは笑いをおさめると、ポセイドンに向き直って告げた。

「人は迷う。正義を口にしながらそうなりきれず、罪を重ね、同じ人同士で憎み、争い、傷つけ合う。だが、同じ人が人を許し、救うこともできる。人は弱さや愚かさも持つが、ただ高みから裁きを下すだけの神々よりも、崇高であることさえできるのだ」

更新日:2012-07-04 22:17:02

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