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川べりの桜



ゴールデンウィークがあけてから、綾人の会社は花見をやった。
このあたりでも普通は
ゴールデンウィークのなか日あたりにはおわらせてしまうものだが、たまたま豪雨で予定が流れたためだった。

花見の手配をするのは毎年新入社員の仕事で、
これが最初の大きな…
まあ、初仕事といってもよかった。

今年の新入社員は一人だけで、
少し無愛想なので、どうなることか心配していたが、
手伝いにつけた社員が良かったらしく
(孝道は綾人自慢の、有能な後輩なのだ)、
無事、花見の宴開催とあいなった。

川べりの公園は南区の奥にあって、バーベキューもできる。
少し高みのあたりに八重桜が見事に咲いて、
そよ風がふくとちらちらと花びらがジンギスカンの鍋に届いた。
川縁なので肌寒い。
みなでぎゅうぎゅうと火の周りに集まって、
震えながらビールをのみ、羊肉を食べる。
こんな風景がこのあたりの花見だ。

いそがしく働く手伝いの孝道が
少し手のあいたのをみはからって、
綾人は声をかけた。

「タカちゃん、ご苦労さん。
よかったね、晴れて。
桜もいい感じだし。」
「…また雨がふったらと思うと
昨日は眠った気がしませんでしたよ。」
「…でも寝たのね。」
「…先輩、一つお聞きしてもよろしいですか。」
「なーに。」
「…男はなぜよっぱらうと、ネクタイを頭に巻くのでしょう。」
「これは『病気の殿』だ。」

綾人は胸をはって応えた。
孝道はそっと目を伏せた。

「…質問の仕方が悪かったです…
男はなぜよっぱらうと
『病気の殿』になるのでしょう。」
「楽しいからだ!」

綾人は満面の笑みで即答した。

「お前もやれ。楽しさがわかる。」
「…残念ながら下戸です。」

孝道は本当に残念そうに言うと、呼ばれて立ち去った。

…ここで本当に残念そうに言うのが
孝道の可愛いところだと綾人は思う。

そこそこ腹いっぱいになったので、
焚き火を離れ、川を見に行った。

すきとおったエメラルドグリーンの水が
岩盤の上をごうごうと流れている。
このあたりは中流というよりは上流に近い。
豪快な眺めだった。
心が洗われるとか、その辺を通り越している。
自然のパワーみなぎる絶景だった。

「すげえなあ、ながされたら死ぬな。」
「あんまり近づくと泥にはまりますよ。」

振り返ると孝道が心配してついてきていた。

「お前、よばれてたじゃん、いいの?」
「雑用ですよ。
…それより石の上なんかのっかって
ひっくりかえらないでくださいよ?」
「だーいじよーぶだーいじょーぶ。」
「大丈夫じゃないですよ、よっぱらって。」

孝道は手をのばすと、
綾人の頭から丁寧にネクタイをほどいた。

「もう少しこっち来てください。
あぶないなあ、もう。」

綾人はおとなしく孝道の言葉に従った。
すると孝道はネクタイを綾人の襟にくぐらせ、
慣れない手つきながらも最後はきゅっとしめた。

「…自分の結ぶのは簡単なのにな。」
「逆だからね。」
「そうですね。」
「…ありがとう。」
「どういたしまして。
…ここ寒いですよ、焚き火のほうに戻りましょう。」
「そんで目白みたいにきゅうきゅうおしくら饅頭すんのね。
課長と。」
「ご希望なら女子社員とどうぞ。」
「セクハラだから、それ。」
「どうしても課長がよければおとめしません。」
「んなー、俺タカちゃんがいいなあ。」

酔った冗談でそう言って孝道に抱きつくと、
孝道は黙り込んだ。

あっ、しまった、怒ったかな、と思い、
綾人が孝道の顔を見上げようとすると、
孝道は突然綾人の眼鏡を取り上げ、
さっと身を振りほどいて距離をとった。

「わーっ、なにすんだ、かえせよ、
俺めがねないとなんも見えないんだ、
危ないじゃないかこんなところで」
「鬼さんこちら。」

孝道はなぜか嬉しそうに笑って言うと、
眼鏡を持ったまま焚き火のほうに走り出した。
綾人はあわてて追いかけた。


更新日:2012-06-28 23:33:19

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