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社員旅行



社員旅行でスパリゾートにやってきた。

中堅以降の社員たちはぶつぶつお約束の不平を漏らしていたが、
若い連中はまだ社員旅行が楽しい時期で、
同期入社の友達や、仲のよい先輩たちと盛り上がった。

そうした若い一派が、
こうした行事を支えているといっても過言ではないのだが、
社員旅行で伝説を残すのは、
なぜかたいてい中堅以降の連中だった。
 
綾人の記憶がたしかなら、
去年は先輩のAが入社したてのBという女子と
夜中にランデブーし、今年のはじめに結婚した。
Aには妻がいたのだが子供がなく、
莫大な慰謝料を払って離婚し、
子供ができたBと再婚したのである。
 
おととしはコブツキ未亡人のCが、
京大哲学科中退、中途採用、
まじめなだけが取り柄のDという独身男に迫り倒し、
旅行の数ヶ月あとにこれもまたでかして結婚した。

一昨々年は…

ええい、もう思い出したくもない。
独身の綾人はため息をついて眼鏡をはずし、
眼鏡拭きでこしこしと磨いた。

「先輩。」

…可愛いのがよってきた。

「おうタカミチ。泳ぎにいかないのか。」

孝道は大学の後輩で、当時大学中でいちばんかわいい男だった。
だからとっとと青田刈りに志願して、綾人が刈り取ってきた。
人事の上司も
「なるほど可愛い、忍耐強く素直で真面目な男だ」
と評価してくれて面接一発で入社が決まった。
綾人の超自慢・超お気に入りなのだ。嫁にしたい。男だが。

「行きますよ。先輩もどうかと思って。」
「俺泳げないんだよ。」
「泳げなくても大丈夫ですよ。足付きますって。
それに俺も25メートルくらいしかおよげない。しかもクロール。」
「りっぱなもんだよ。」
「行きましょうよ、
宴会のまえに少しウォータースライダーで遊んで、
風呂もついでに終わらせましょう。
そしたら思う存分飲める。」
「…まあ、どうせ風呂はいくわな。」

孝道にさそわれて、深い考えもなくでれでれとついていくと、
なるほどスパの遊具は泳げなくてもそれなりに楽しいものだった。

綾人は大きな浮き輪をレンタルして、
上に乗ってぷかぷかと浮かんでみた。
たいそうゆかいだった。

ウォータースライダーでひとしきり楽しんだあと、
孝道が浮き輪につかまってきて、言った。

「そろそろ風呂行きましょうか。」
「そうだな、あんまりバタバタするのもいやだし。」

ふたりはゲートを通って入浴施設に移動した。
脱衣場でぱっぱと水着を脱ぐ孝道の後ろ姿をまじまじみて、
綾人は軽いショックをうけた。
孝道はまだ高校生のように、胴にくびれがあった。
周囲はおっさんの裸ばかりである。すごく初々しく見えた。

化石海水という珍しい泉質の温泉で、
ヨードに良く似た茶色をした湯だった。
綾人が先に漬かっていると、
前を隠してじゃばじゃばと孝道が近寄ってくる。

…またまじまじみてしまった。

こいつ、細いっていうのとも違うけど、なんなんだ、
体が出来上がってなくて若い、と思った。
腰骨が、指で辿りたいほどくっきりと突起している。

みているうちに孝道はじゃぼんと綾人のとなりにすわった。
…茶色の化石海水に隠れて、その体はもう見えない。

「先輩、また舞茸のてんぷら出たらたべてください。」

孝道はこうした宴会でよく出る舞茸のてんぷらがたべられない。
綾人は舞茸がすきだった。

「ああ、いいよ。」
「よろしく。注ぎに行くとき持って行きます。」
「オッケー。…あれうまいのに。おまえ駄目なんだもんな。
もったいない。」
「舞茸もうまいと思ってくわれたほうが成仏しますよ。」
「きのこって成仏したり地獄におちたりすんの。」
「しますよ?」

孝道はそうこたえて笑った。

可愛いんだけど、男なんだよなあ。
まあ俺は男でも別にいいんだけど、
孝道にも気持ちというものがあるだろうしなあ…。
いっぱし中堅社員として伝説を残したいのはやまやまだが…。

綾人は水に沈んで見えない孝道の腰の辺りを見て、少し苦笑した。

「…俺の×××そんなに気になります?」

孝道がさりげなく言ったので、綾人は目をあげて、

「…まあ、男は一生中二魂を忘れちゃいかんからな。」

と、応え、ニヤリと笑いなおした。

更新日:2012-06-28 23:22:04

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