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1 イースター
三香矢(みかや)はその日曜日、退屈だったので、卓球でもしようと家を出た。
日曜だったので、朝はのんびりしていた。だから10時過ぎだった。
卓球は、大学のサークル(混声合唱団だ)で今ちょっとはやっていて、
部室に小さい台を置き、みなで楽しんでいる。
合唱そっちのけだ。
三香矢は、学校のほかにも卓球が出来るところを知っている。
近所で、しかもタダだ。
行けばだいたいは幼馴染がいて、相手になってくれる。
それは近所の教会だった。
三香矢は名前からもわかるとおり親がクリスチャンで、
教会は子供のころから遊び場だ。
洗礼はぬらくら逃げているが、
教会堂には勝手に出入りしていて、
信者のおじいさんおばあさんたちからも孫のようにあつかわれている。
日曜日はミサがあるので特別に人が多い。
誰か相手になってくれるだろう、幼馴染でなくても、
だれかミサをおえたおじいさんとか…
そんなふうにおもい、いつものように教会にはいってびっくりだった。
「三香矢くんじゃない。おそいわよー。」
「そうだよなにやってんの。」
「きょうぐらいミサにでなよー、もう、卓球しかしないんだから。」
「いいからこっちきてすわって食べなさい。飲みなさい。」
中ではパーティーが行われていたのだった。
「えっ、今日結婚式?」
三香矢があわててきくと、
「おしいっ。ご復活と洗礼式だよ。」
「あ、洗礼式あったんだ。」
「そうだよ、ご復活だからね。…ビール飲む?」
「卓球しにきたんだけど…まっ、のもうかなっ。」
「こっちすわんなさい。最近大学どうなの。」
「んー、まあまあです。」
「あの人、今日洗礼受けた人。きれいでしょ。」
三香矢はちらっとその女性を見た。
ヴェールを被って写真をとっている。
結婚式みたいだ、といつも思う。
相手はいないけれど。
…ただしくは誕生会が正しいらしいのだけれど。
「花嫁さんみたい。…そか、今日ご復活か。」
切り分けてもらった手作りケーキを食べながら、ビールをあける。
だれかおばあさんがお皿にご馳走を取ってきてくれた。
「たまご、もっていきなさいよ。わすれないでね。」
「うん。」
「今日もう一人洗礼受けたのよ。」
「今年は二人?」
「そう。あんたの友達の衿也(えりや)くんよ。」
「えっ…」
三香矢はビールのはいったカップをおとしそうになった。
「…衿也…?」
「うん。…あれ、なんにもきいてなかった?」
「…今初めて聞いた…」
三香矢はあちら、こちらと目線をさまよわせ、衿也の姿を探した。
…みつからない。
…衿也。
なんのつもりだ。
いくのか。
俺をおいて…。
三香矢はひどく動揺した。
「もう半年もまえから決まっていたのよ。」
「ずっと二人で卓球してたくせに。」
そのときむこうのフロアから、皿にイチゴを載せた衿也が現れた。
「衿也、…洗礼を…」
「あ、ミカ。オハヨ。…うん、今日、うけた。ついに年貢の納め時。」
衿也はそう言って笑った。
三香矢は言葉がなかった。
「なーんだよ。おめでとうぐらい言えよ。」
「…おめでとう。この裏切り者。」
なるべく冗談に聞こえるように言った。
衿也は苦笑した。
「ごめんな、先にやっちゃって。やっぱ誘えばよかったかな。」
「…そういう問題じゃない。」
三香矢は小声でいったが、
パーティーの明るいさざめきにその言葉はかき消された。
三香矢が再三、洗礼から逃げていたのは、
幼馴染の衿也に、心を寄せていたからだった。
衿也もそうだと…信じていた。今の今まで。
カトリックでは同性愛は大罪だ。
「…なんで洗礼…」
三香矢は小声で言った。
衿也はイチゴを差し出して言った。
「…お袋、もう長くないから、
…葬式とかさ、いろいろ…信者のほうが都合がいいっていうか…
お袋、俺に洗礼受けさせたがってて…本当は幼児洗礼がよかったみたいだけど、
まあ、ばーさんに猛反対されて…だから本当はもっとはやく…」
「…」
三香矢はだまってイチゴを受け取った。
口に運ぶと、すっぱかった。
ずるい。
おふくろさん死ぬとかいわれたら、
俺のささやかな恋情なんて、たちうちできない。
「…ミカも受けろよ、洗礼。どうせ教会にいりびたりじゃん。信者みたいもんだろ。」
三香矢は弱々しく目を上げた。
「いや、俺は受けない。」
「どうして。」
「…どうしてって。」
責めるように衿也を見た。
衿也は三香矢の耳に口をよせてささやいた。
「あとでゆっくり話そう。」
そしてのんびりと三香矢の元を去ると、神父のところへ行き、何か談笑しているようすだった。
三香矢はぼんやりそれを見送った。
衿也は俺のことなんて、友達と思っていただけだったんだ、と思った。
「三香矢くん、たまご、選んで。お仕事のご両親のぶんもね。あと妹さんいたっけ。」
おばあさんがゆで卵のたくさん入ったかごを持ってきた。
三香矢は泣きそうになりながら、かざりのない白いたまごを選んでポケットにいれた。
日曜だったので、朝はのんびりしていた。だから10時過ぎだった。
卓球は、大学のサークル(混声合唱団だ)で今ちょっとはやっていて、
部室に小さい台を置き、みなで楽しんでいる。
合唱そっちのけだ。
三香矢は、学校のほかにも卓球が出来るところを知っている。
近所で、しかもタダだ。
行けばだいたいは幼馴染がいて、相手になってくれる。
それは近所の教会だった。
三香矢は名前からもわかるとおり親がクリスチャンで、
教会は子供のころから遊び場だ。
洗礼はぬらくら逃げているが、
教会堂には勝手に出入りしていて、
信者のおじいさんおばあさんたちからも孫のようにあつかわれている。
日曜日はミサがあるので特別に人が多い。
誰か相手になってくれるだろう、幼馴染でなくても、
だれかミサをおえたおじいさんとか…
そんなふうにおもい、いつものように教会にはいってびっくりだった。
「三香矢くんじゃない。おそいわよー。」
「そうだよなにやってんの。」
「きょうぐらいミサにでなよー、もう、卓球しかしないんだから。」
「いいからこっちきてすわって食べなさい。飲みなさい。」
中ではパーティーが行われていたのだった。
「えっ、今日結婚式?」
三香矢があわててきくと、
「おしいっ。ご復活と洗礼式だよ。」
「あ、洗礼式あったんだ。」
「そうだよ、ご復活だからね。…ビール飲む?」
「卓球しにきたんだけど…まっ、のもうかなっ。」
「こっちすわんなさい。最近大学どうなの。」
「んー、まあまあです。」
「あの人、今日洗礼受けた人。きれいでしょ。」
三香矢はちらっとその女性を見た。
ヴェールを被って写真をとっている。
結婚式みたいだ、といつも思う。
相手はいないけれど。
…ただしくは誕生会が正しいらしいのだけれど。
「花嫁さんみたい。…そか、今日ご復活か。」
切り分けてもらった手作りケーキを食べながら、ビールをあける。
だれかおばあさんがお皿にご馳走を取ってきてくれた。
「たまご、もっていきなさいよ。わすれないでね。」
「うん。」
「今日もう一人洗礼受けたのよ。」
「今年は二人?」
「そう。あんたの友達の衿也(えりや)くんよ。」
「えっ…」
三香矢はビールのはいったカップをおとしそうになった。
「…衿也…?」
「うん。…あれ、なんにもきいてなかった?」
「…今初めて聞いた…」
三香矢はあちら、こちらと目線をさまよわせ、衿也の姿を探した。
…みつからない。
…衿也。
なんのつもりだ。
いくのか。
俺をおいて…。
三香矢はひどく動揺した。
「もう半年もまえから決まっていたのよ。」
「ずっと二人で卓球してたくせに。」
そのときむこうのフロアから、皿にイチゴを載せた衿也が現れた。
「衿也、…洗礼を…」
「あ、ミカ。オハヨ。…うん、今日、うけた。ついに年貢の納め時。」
衿也はそう言って笑った。
三香矢は言葉がなかった。
「なーんだよ。おめでとうぐらい言えよ。」
「…おめでとう。この裏切り者。」
なるべく冗談に聞こえるように言った。
衿也は苦笑した。
「ごめんな、先にやっちゃって。やっぱ誘えばよかったかな。」
「…そういう問題じゃない。」
三香矢は小声でいったが、
パーティーの明るいさざめきにその言葉はかき消された。
三香矢が再三、洗礼から逃げていたのは、
幼馴染の衿也に、心を寄せていたからだった。
衿也もそうだと…信じていた。今の今まで。
カトリックでは同性愛は大罪だ。
「…なんで洗礼…」
三香矢は小声で言った。
衿也はイチゴを差し出して言った。
「…お袋、もう長くないから、
…葬式とかさ、いろいろ…信者のほうが都合がいいっていうか…
お袋、俺に洗礼受けさせたがってて…本当は幼児洗礼がよかったみたいだけど、
まあ、ばーさんに猛反対されて…だから本当はもっとはやく…」
「…」
三香矢はだまってイチゴを受け取った。
口に運ぶと、すっぱかった。
ずるい。
おふくろさん死ぬとかいわれたら、
俺のささやかな恋情なんて、たちうちできない。
「…ミカも受けろよ、洗礼。どうせ教会にいりびたりじゃん。信者みたいもんだろ。」
三香矢は弱々しく目を上げた。
「いや、俺は受けない。」
「どうして。」
「…どうしてって。」
責めるように衿也を見た。
衿也は三香矢の耳に口をよせてささやいた。
「あとでゆっくり話そう。」
そしてのんびりと三香矢の元を去ると、神父のところへ行き、何か談笑しているようすだった。
三香矢はぼんやりそれを見送った。
衿也は俺のことなんて、友達と思っていただけだったんだ、と思った。
「三香矢くん、たまご、選んで。お仕事のご両親のぶんもね。あと妹さんいたっけ。」
おばあさんがゆで卵のたくさん入ったかごを持ってきた。
三香矢は泣きそうになりながら、かざりのない白いたまごを選んでポケットにいれた。
更新日:2012-06-28 16:22:29