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CASE2

「……」
和美は給湯室で蛇口から排水溝に流れる水をじっと見ていた。その手は震え、額には冷や汗が出ている。
「…うっ…」
思わず口に手を当て吐き気をこらえた。
どうして見てしまったんだろう…。後悔の念が渦巻き、胃から胸にかけてムカムカする。
「おい平田、どうした?」
聞き覚えのある声で我に返ると、不思議そうな顔をした野崎と松島が給湯室の出入り口に立っていた。「お茶を淹れて来る」と給湯室にむかった和美がいつまでも戻らない事を気にして様子を見に来たらしい。
「あ…すみません。今お茶淹れますから…」
「そんな事より、和美ちゃん顔真っ青だよ?具合悪いの?」
「いえ、大丈夫です」
力なくそう言う和美の様子に、なにかピンと来たものがあったらしく
「…お前、水が怖いんじゃないか?」
野崎が指摘してきた。
「え?」
「……」
和美は思わず目を逸らす。
「つわりかとも思ったが、お前男っ気ないしな。それはあり得んだろ」
“男っ気がない”とは失礼な。とも思ったが、言い返す気力はまだ戻っていない。
「水恐怖症なんてのがあるんですか?」
松島が野崎に訊ねる。
「大方、ガキの頃に川で溺れるかなんかしたんだろ?」
「……」
和美の脳裏に幼い頃の記憶がよみがえる。
もがき苦しむ自分の手と上がる水しぶき。岸辺に立ってそれを眺める数人の子供。みんな笑っている様に見えた。真ん中で満足そうな顔をしているのは、和美が仲良しだと思っていた女の子だった。
「和美ちゃん…?」
「…ごめんなさい…」
「大丈夫だよ。お茶は僕が淹れるから」
松島は和美の方をポンと叩くと急須を取り出し、ガシャーン!と盛大な音を立てて
「おい!それ俺の湯のみだぞ!」
野崎個人の湯のみを落っことして割った。
「す、すみませぇんっ!!」
孤独な空間だった給湯室が一気に騒がしくなった。

花屋の前で人が倒れたとの通報があり現場に急行したところ
「なんで主任、一番乗りなんですか?」
班長である沢が現場となった花屋の前に立っていた。
少し先にはなぜか事情聴取を受ける舞子とチョコザイの姿もあった。
「第一発見者だから」
と、沢は黒木から渡された“捜一”と書かれた腕章を着けながらしれっと答えた。
「朝、顔出したきりどこへ行ったのかと思ってたら…プレイボーイも大概にして下さい?」
ため息混じりにそう言った和美に
「それ、どう言う意味?」
返しつつ腕章の安全ピンを止める様に無言で要求してくる沢である。
「仕事サボってプレゼント買いに来たんじゃないんですか?」
「お前、俺の事なんやと思ぅてんねん」
和美の眉間にピッと指を当ててそう言った沢の元に
「西大森署の岩田です」
と、所轄の刑事が声をかけて来た。
「検視の結果、心不全による突然死の可能性が高いということでした」
「じゃあ、病死ということで……」
玉倉がそう言いながら沢と岩田に目配せする。
「えぇ、後は我々が。本部の方はもうけっこうですよ」
そう言われ
「よし、捜査一課は引き上げ。検視の結果、心不全のよる突然死だ」
沢は周りに告げ、帰るよう声かけを始めた。
「和美…!」
“納得出来ない”と目線を送って来る舞子に和美は困った様にため息を吐く。
「病死で決まりだ。“捨て山”だろ」
と、その女2人の間をわざと通りながら野崎が言う。
「何か引っかかるの?」
野崎を見送りながら和美が舞子に訊ねた。
「うん。何がってわけじゃないんだけど…被害者が最期に言った言葉が気になって…」
「最期の言葉?」
「エビちゃん!」
そう言葉を交わす中、松島の乱入により会話が遮られた。
「エビちゃん、花が好きなら僕が大きな花束贈るよ。だからアドレス教え…」
「何やってんだ。行くぞ」
野崎が松島の首根っこを引っ張り連行して言った。
「花束…」
「花束?」
舞子の呟きに和美がオウム返しをしていると
「平田、お前は先車乗っとけ」
背後から近付いてきた沢が和美の頭を車の方へ向ける。
「いたたたた!!」
痛みに負け体を車に向けると
「お前は運転席。俺は助手席」
指示の出し方があまりにも雑すぎる!
「仕事終わったら家行くから」
軽くふり返りながら舞子に言うと
「うん。待ってる」
と、少し気落ちした返事が返って来る。
「オイ、また余計な事すんなよ」
そう言って来た上司の言葉は今の所無視する事にした。

更新日:2021-07-21 23:42:06

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