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(5)夏休み

 ないちゃんのお父さんは子どもと遊ぶのが大好きだった。夏休みには毎朝、会社に行く前にないちゃんとさいちゃんと一緒に早朝散歩に出かけた。
 その年、夏休みに入ったないちゃんとさいちゃんは毎朝二人で散歩に行き、ある会社の大きな寮につながる松林でお父さんと待ち合わせることにした。お父さんはもう会社に行く必要がないので今まで以上にたくさん遊ぶことができた。
 お父さんが日課としていた大きな松の木をお相撲さんのように手で押す稽古をしている間、ないちゃんとさいちゃんは幹が何本にも枝分かれしている欅の大木に登ったり、その木の周りで追いかけっこをして遊んだ。空高く伸びた欅の葉の合間からは夏の太陽がきらきらと輝いて、風が吹くたびに木漏れ日のシャワーが降り注いでいた。葉っぱと葉っぱが触れ合うさやさやという音と二人の楽しそうな笑い声が静かな夏の朝に響いていた。
 
 お父さんの稽古が終わると、三人は小学校へ向かった。誰もいない夏休みの学校ではジャングルジム、うんてい、鉄棒、のぼり棒、すべり台、好きな遊具で好きなだけ遊べた。動物飼育小屋のうさぎやにわとりも誰に邪魔されることもなく安心なのかのんびりとえさを食べていた。芝生の真ん中では白い優雅な百葉箱がぽつんとひとりぼっちの夏休みを過ごしていた。
 三人がいちばん好きな遊びは「字かくし」だった。字かくしはお父さんが考え出した遊びだ。地面の表面の砂を手で払いのけ、現れた黒い湿った土に尖った石や木の枝で「りんご」「あめ」「カラス」などの文字を一、二センチの深さに掘り刻み、その上に白い乾いた砂をたっぷりとかける。そして、場所を交換して相手が隠した言葉を手探りで当てていく。ないちゃんは汗の味の染み込んだ麦わら帽子のゴムをなめながら、ひんやりとした土を掘るのが好きだった。「バナナ」「アイス」お父さんの隠す文字はたいてい食べ物であることが多かった。
「あー、お腹すいた。お父さんが隠す文字は食べ物ばかりだから、お腹すいちゃった」
「じゃあ、もう帰ろうか」
「うん、でもあと一回」
ないちゃんは夏休みがこのままずっと続くといいのにと思っていた。

更新日:2012-05-02 23:06:30

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