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「じゃあ、かんぱ~い」

私と智子は、生ビールの中ジョッキを半分程飲み干した。

「そういえば名前まだ聞いてなかったわネ」
「あらやすなおと言います。新しい谷にロンブーの淳って書いて、すなおです。あっ名刺」

男はバッグから名刺を取り出し、私達に手渡した。

「すなお君か~、私はあいはらめぐ、相棒の相に原っぱの原、めぐは愛情の愛」
「私は、はやまともこ。葉っぱに山に、山口智子のともこ。年は?」
「29です」

「7つ下か~」と心の中で呟きながら、渡された名刺を見た。

「慶都大学大学院理学研究科 地震火山研究センター 博士研究員」
私は名刺の内容を確認するように声を出して読んだ。

「地震予知の研究をしています」
「博士研究員って?」

智子は知っている様子だったが、私は初めて聞く言葉だった。

「ドクター取得後にそのまま大学に残って研究をしているんです。ポスドクって聞いたことありませんか?」
「ポスドク? 助教授とどっちが偉いの?」
「全然下です。助手よりも」
「ふ~ん。あっ地震予知って言えば、東北の大地震は予知出来なかったの?」

私は以前新聞で読んだ東京大学のロバート・ゲラー教授の「地震の予知は不可能」という記事を思い出していた。

「現状で予知は難しいですね。よほどの好条件が重ならない限りは」

好条件が重なればできるの? でも東北ってノーマークだったよね?

「東海とか首都直下型とかはよく聞くけど、東北って正直どうだったの?」
「実は2002年に地震調査委員会は、今回の地震をある程度予測していて、被害想定に含めるように主張していたんです。でも、翌年の政府中央防災会議では、この主張は明確な根拠も示されないまま退けられました。地震予知連絡会会長は、この時原子力業界の力が働いると感じた、とコメントしています。原子力に関しては現在ブレーキをかける組織が皆無の状態です」

「マジ? 有り得ない! 人の命を何だと思ってんだよ!」
私は思わず興奮して声を荒げた。

「原子力関連は莫大なお金や利権が絡みます。経済産業省を始め、原子力を取り巻くあらゆる人達が、僕には水戸黄門の悪代官や越後屋に見えてきます。印籠はありませんが、僕は諦めたくないです。諦めたらそこで終わりです。僕の夢は、地震災害による死者を1人も出さない事なんです」

更新日:2012-03-31 13:08:41

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