• 41 / 84 ページ

「生きる」という選択

次の朝、私はコーヒーの香りで目覚めた。

「おはようございます。よく眠れましたか?」
淳君のさわやかな笑顔に癒される。

「うん、爆睡だったみたい」
今はもうほとんど言葉にならないので、同時に手を動かして伝えた。

淳君は私に近づき頭の上に右の手のひらを乗せた。

「何?」
「相原さんが僕のことを好きになってくれるようにと願ってのおまじないです」
「あはは……もう十分好きだよ」

「本当ですか? じゃあ改めて……」

そう言って淳君は私の前で正座した。

「相原さん、こんな僕ですが、相原さんのためにもっともっと強くなって、必ず相原さんを幸せにします。結婚して下さい!」
そう言って床に額が付くほど深々と頭を下げた。

「ん? 何? よく聞こえない」
本当はとてもよく聞こえていた。こんなに嬉しく素敵な時間はそうは訪れてはくれない。
後3回、いや1回でいいから聞きたかった。

淳君は「うん」と咳払いをしてから、
「こんな僕ですが、相原さんのためにもっともっと強くなって、必ず相原さんを幸せにします。だから結婚して下さい!」

「ん? 何何? もう1回」

「も~本気で怒りますよ」

「ごめんなさい。もう1回言ってくれたらちゃんと返事するから」
そう言って手を合わせた。

「僕はまだまだ頼りない男かもしれませんが、相原さんを守ることで強くなれると信じています。相原さんと相原さんが大切にしているご家族と、みんなが幸せになれるように精一杯頑張ります。だから結婚して下さい!」

私は溢れようとする涙をこらえるため、意識を別の方へ向けた。
こんな大事な時に何でこんなことしなきゃいけないんだ。

私は一度深呼吸してから、
「はい」
と首を縦に振った。

「よっしゃ~~~、そうと決まったらマンション見に行きましょう! まずは腹ごしらえですネ」
「マンションって?」
「一軒家よりもバリヤフリーのマンションの方が住みやすいと思って」

もうそこまで考えてくれていたなんて……

「はい、どうぞ召し上がれ」
「わ~美味しそ~何これ~?」
「アップルフィグシナモンです。パンに乗せて食べてみてください」

一口頬張り、美味しい~と親指を立てウィンクした。

「イチジクはミネラルのバランスもよくて、不老長寿の果物といわれるほど栄養価が高いんです」
「ありがと」

確かに美味しいが、今の私にはちょっと食べづらい。
少しずつ口に入れ噛みながら唾液と混ざることによりとろみができる。
その状態になって初めて飲み込めるのだ。

「ゆっくり食べて下さい。今日行く予定の不動産屋さんは10時開店ですから」

「どの辺にするか決めてるの?」
「足立区入谷町か練馬区大泉学園町で探そうかと」
「どうしてそこなの?」
「都内で地震災害に強いとされている地域なんです」
「了解、任せるわ」

私達は淳君の用意した資料をもとに不動産屋をたずね、実際に6つの物件を見てまわった。
その中で、足立区入谷町の3LDK、80㎡、RC9階建ての5階、築11年の中古マンション3,100万円の物件を第一候補にした。
練馬区のリノベーション物件も捨てがたいが、700万円の差は大きかった。

「明日不動産屋に連絡してみます。3千万になるといいんですが……」
「頑張ってネ」
頼りにしてるからネ。

グググ~~~
淳君のお腹が鳴った。

ランチも食べずに日没近くまで歩き回ったので、さすがにお腹が空いたのだろう。
私が外で普通に食べられるなら……

「じゃあ僕はここで」
アパートの前まで送ってもらった。

「ありがと」
駅へと歩く淳君に私は何度もこの言葉を心の中で叫んだ。

更新日:2012-04-07 13:23:30

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook

私には、笑顔にしたい人がいる