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出会い

12時15分前、丸橋商事にて。

「智子、今日どこ行く?」

私と葉山智子は、いつものように給湯室で『安くてうまいものを食べ尽くす会』の定例会議を開いていた。

「旬海亭がワンコインランチ始めたみたいよ」
「さっすが元新聞記者。情報収集能力はCIA並ネ」

智子は私と同じ年だが、入社は3年遅い。
報日新聞社に入社後、初めて任されたのが和歌山市の毒入りカレー事件だった。
智子はその記事を巡って上司と大げんかになり退社したのだ。

ピ~ンポ~ンパ~ンポ……「お昼行って来ま~す」

私達はチャイムが鳴り止む前にはもう廊下に出ていた。
30半ばの元気なおばさんの声に、周囲の社員はあっけにとられていた。

旬海亭とは西新宿駅近くにある老舗割烹で、夜なら1人最低1万円はかかる高級割烹である。さすがに老舗のワンコインランチとあって、既に10人程の行列が出来ていた。
私達が列の最後尾に並ぶと、あっという間に数十人の列になって行った。

「ピンポンダッシュしなかったら、ヤバかったかもネ」

智子はしてやったり、と言わんばかりにウインクした。
ピンポンダッシュとは、他人の家の呼び鈴を鳴らして逃げるいたずらの事であるが、二人の間では終業のチャイムがピンポンと鳴ると同時に全力疾走で目的地へ向かうという意味の隠語である。

5分程で入り口付近のカウンター席に案内された。
店内は思ったよりも広く、老舗割烹の風格十分だった。

「いらっしゃいませ。こちらがランチメニューとなっております」

ランチはにぎり寿司、海鮮丼、煮魚定食の3種類。
期間限定なので後悔はしたくない。

「どれがお勧めですか?」
「当店のメニューはどれもお勧めでございます。
夜の材料と同じものをお出ししておりますので、きっとご満足いただけると思います」

ベージュ色の割烹着を着た店員が答えた。
私達は顔を見合わせて

「じゃあこれ!」

と同時に海鮮丼を指さした。

まぐろ、ボタンエビ、いか、かに、ぶり、サーモン。
少し小ぶりの器ではあったが、新鮮な海の幸が私達を十分満足させてくれた。

更新日:2012-03-31 13:06:29

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