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女の幸せ


梶川課長に事情を説明し休暇願を提出した。最初の10日は有給休暇で、残りは病気休暇扱いでお願いした。

「全部病休でなくて良いのか?」
「どうせ有給使い切れませんから」
「まだ5月だぞ」
「大丈夫です」

そう言って課長印をもらった。

「何か手伝う事ない?」
智子が言ってくれた。
「ありがと。まだ大丈夫だから」

まだ……ついこの言葉が出てしまった。
「じゃあ、部屋が決まったらメールしてネ」
「うん」

入院の事はまだ両親にも話していなかった。
詳しい検査結果が分かってから話そうと考えていたからだ。

入院当日、スーツケースに着替えを詰めタクシーで病院へ向かった。
10時15分前にはナースステーションに着いた。
書類にサインし簡単な説明を受けた後、病室に案内された。

「711号室」、定員5名の相部屋で、私も含め4名の名札があった。
一番奥の窓側のベッドに案内された。窓からは江戸川が一望出来た。

「ラッキー」
そう呟いた。

ルームメイトに挨拶を済ませてから、ロッカーに荷物を片付けた。
担当の看護師という人が来て、病院での入院生活について詳しく説明を受けた。

私は病人らしくパジャマに着替え、ベッドに横になった。
「相原さん、ご面会の方がみえています。面会室までお越し下さい」

ベッドに設置された小さなスピーカーから、私を呼び出すアナウンスがあった。
智子にまだメールをしていない事に気付いた。でも誰が来たのだろう……

淳君だった。
「あら~誰かと思えば」

淳君には入院の事は話していなかった。
初めてALSという言葉を聞いてからは、淳君を避けるようになっていた。

「ちょっと……お話ししたい事があって……」
淳君の話を聞くには、ココはふさわしい場所でない事は、淳君の様子からも明らかだった。
病院に二人だけになれる場所など何処にあるのか……

「この階には展望所があって、食事はそこで食べていただいても結構です」
看護師の説明を思い出した。

東の端にあるその展望所は、20人分程の椅子とテーブルが用意されていた。
運良く誰もいなかった。

「ここで良い?」
「はい」

入り口から一番目立たない席へ腰を下ろした。

「葉山さんから聞きました」

智子に話した事といえば、病名と検査入院する事。

「僕と結婚してください」
「はあ~?」
「いや……その……ぼくと結婚を前提にお付き合い……」
「てめえバカか!」

思わず叫んでしまった。

「私はね~もうすぐ身体全身が動かなくなって、完全看護が必要なの。分かってるの?」

淳君はうんと頷いた。

「だったら何でプロポーズなんかすんのよ!」

こいつは何も分かっていない。
お願いだから帰ってくれ、と淳君をせき立てた。

「これだけでも受け取って下さい」
淳君はそう言って、手話の本を差し出した。

更新日:2012-03-31 13:16:16

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