• 1 / 3 ページ

no title

俺は昔から霊の類を見やすい方だ。

霊はもとより、狐狸妖怪と呼ばれる類っぽいのも見える、日常的に普通に見える。連中はそっちゅうそこらへんを歩いていて、たまにスーパーのお惣菜をかっぱらって困らせたりしているのだ。

しかし、そんな瑣末なことをいちいちチクる俺ではなかった。

そもそも、連中は人と同じ姿をして人と同じ振る舞いをしているのだから、他の人に見えるものなのか、俺にしか見えないものなのかの判断も難しい。

人が赤信号を歩いていると思って助けに行ったら、にやりと笑われ、車にひかれそうになったことや、崖から落ちそうになってる人に声をかけて、危うく引きずり込まれそうになったことなど、数知れず。

童子霊がかっぱらっていると思って無視していたら、本当のガキが万引きしている最中で、大人の俺は「注意しなかった」という罪でねちねち文句を言われたこともあるが。まあ、いい。

そういうわけで、その日も「いつものこと」だった。よくある話だ。俺にとっては、ただの日常。

『ねえ、ちょっとそこのおにぃさん』

ひらひらと白い手が上下に振られる、若い女だ。

住宅街の狭い小道、電信柱の裏に隠れて、その影から手招いている。腕はやたらに白く、衣は着物、白装束、足がはだけて艶めかしい。

一瞬『人』に見えたものだから、何か用かと近寄ったのが失敗だった。女は問答無用にしなだれかかり、甘い息を喉元に吹きかけながら、こうささやいてきたのだから。

『あたしを拾っておくれよぉ。きっといいことあるからさ』

あるわけねぇだろ。

冗談じゃない。こんな変な女を連れて帰った日には、日には……何が起こるのだろうか。

白い着物ははだけて、胸元からは豊潤な双丘が覗いた。色は血管が透けて見えるほどに白く、遊郭の幽霊みたいだったが、温かく柔らかい。

幽霊ではないのだろうか、着物を着てはだけさせて出歩くだけの、ただの痴女なのかもしれない、と思ったそばから、女は言った。

『幽霊だけどね、大丈夫、じゃまにはならないよ』

「断る!」

それが全ての始まりだった。

更新日:2012-03-22 23:48:56

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook