- 15 / 21 ページ
四日目に
四日目に尿袋が取れて尿瓶で用を足すことになった。尿量を計るためさ。点滴の量と比べて腎臓の働きをチェックするんだろうな。
痛みが次第になくなってきて、動けるようになった。で、大は点滴連れでトイレで済ませてもいいことになった。一安心さ。部屋ですると臭いがするもんな。わるいしね。
しかし、点滴は引きつづき五本だから、小は良く出た。
カーテン一枚のしきりで用を足さなきゃなんないってのは、やなもんだよ。突然看護婦さんが薬持ってきたりするから、油断がならないんだ。って、そんなことを思うようになったのは痛みが取れてきたってことなんだろうな。
週末は、毎日来ているオフクロさんに代わって、アニキかオヤジさんが洗濯物とか必要なものを届けてくれた。iポッドとか何日か遅れの少年サンデーとかもね。
なにしろ退屈なんだ。だからといってアニキやオヤジさんと話し込むってこともない。我が家の男たちはそろって言葉数が多くないから、検査結果とか病状とか予定を告げるともう話題がない。
アニキなんか「ね、オフクロさんが来たときは何を話してるの?」って聞いたくらいさ。
アニキはひととうまく付き合えない。小さいときからそんな感じだ。
オレとちがって優秀だったアニキは、けっこう真面目に勉強して入った私立の中高一貫校でひどく苛められたんだ。
それで、過呼吸になって倒れたりして、こころの休養が必要になった。それでまあ、寝る前に薬を飲んでたりするんだよ。
オフクロさん趣味と実益を兼ねてはミシンで袋物を作っているんだけど、ミシンっていうのは、上糸と下糸がバランスよく交わって布を縫い合わせるんだって聞いた。
でさ、アニキが上糸で他人が下糸だとすると、アニキの糸はいつもきつく張り詰めてて、その縫い目はアニキのほうばかりがピーってきつくつれてしまう。
どこにいってもそんな人間関係になってしまう。
他人はアニキのことを変わってるって思うし、アニキはストレスで参ってしまう。
どこへいってもずっとそういうことの繰り返しだ。
うちの台所には包丁が二本しかない。きれの悪い万能包丁と小さな果物ナイフが別々のところに仕舞ってある。それ以外はサラシをぐるぐる巻きにして、家のどっかに隠してある。アニキがまたそれを料理以外のために使わないためさ。
きっとアニキにも思い出したくないことはたくさんあるんだろうよ。
今、オレたちがオフクロさんに心配かけたくないって思うのは、そういうことがあるたびにオフクロさんが自分を責めて、ひどく落ち込むからなんだ。
アニキは就職もしないでずっと家に引きこもっていたんだけど、最近、ネットの友達とかできて、オフ会にもいくようになったし、紹介された作業所に短時間だけど通い始めた。
「病院でのことを忘れないように病床日記を書けって言ってたよ」
「へー。で、書くの?」
「やだよ、そんなの。辞世の句みたいで」
「オイオイ、正岡子規かい」
アニキのこと文学オタクって言ったけど、自分で小説、それもライトノベルとかを書いて賞金百万円なんてのに応募してるらしい。
お互いに気恥ずかしいから、作品を読ましてもらったことはないけど一五〇枚とか二五〇枚とかの長い話みたいだ。
今までになんか賞を取ったことはない。けど、アニキは高校生のときからずっと書き続けている。
オヤジさんはそれにも文句がありそうだけど、それはそれでえらいとオレは思う。オレにはできないことだからさ。
オヤジさんが来たときは、なんか疲れた。声がでかくて言うことがくどくて、やっぱ、あのばあさんの息子だなって思うんだよな。
それに加えてオレ自身が心の底ではオヤジさんに申し訳ないって思ってるからだ。
同窓会とかに行って、子供の話題になったとき、就職先のだとか、結婚だの孫だのの話されると、どの話を聞いても相手の自慢にきこえてしまうって言ってた。
息子はふたりともパッとしなくて収入がなくて、なかなか自立できなくて、いつまでもオヤジさんの脛をガリガリかじり続けてるわけで、そのうえオレは入院までしてしまって、ほんと、面目ないんだ。
でもさ、そういうことは重々承知のうえで、いうんだけど、話が長くなっていくだんだん素直になれなくなっていって「けど」って言いたくなるひとなんだよな、うちのオヤジさんて。
オレ、自分のことけっこう温和な性格だと思ってるけど、オヤジさんのあのくどさはそのオレさえもいらだたせるんだ。
痛みが次第になくなってきて、動けるようになった。で、大は点滴連れでトイレで済ませてもいいことになった。一安心さ。部屋ですると臭いがするもんな。わるいしね。
しかし、点滴は引きつづき五本だから、小は良く出た。
カーテン一枚のしきりで用を足さなきゃなんないってのは、やなもんだよ。突然看護婦さんが薬持ってきたりするから、油断がならないんだ。って、そんなことを思うようになったのは痛みが取れてきたってことなんだろうな。
週末は、毎日来ているオフクロさんに代わって、アニキかオヤジさんが洗濯物とか必要なものを届けてくれた。iポッドとか何日か遅れの少年サンデーとかもね。
なにしろ退屈なんだ。だからといってアニキやオヤジさんと話し込むってこともない。我が家の男たちはそろって言葉数が多くないから、検査結果とか病状とか予定を告げるともう話題がない。
アニキなんか「ね、オフクロさんが来たときは何を話してるの?」って聞いたくらいさ。
アニキはひととうまく付き合えない。小さいときからそんな感じだ。
オレとちがって優秀だったアニキは、けっこう真面目に勉強して入った私立の中高一貫校でひどく苛められたんだ。
それで、過呼吸になって倒れたりして、こころの休養が必要になった。それでまあ、寝る前に薬を飲んでたりするんだよ。
オフクロさん趣味と実益を兼ねてはミシンで袋物を作っているんだけど、ミシンっていうのは、上糸と下糸がバランスよく交わって布を縫い合わせるんだって聞いた。
でさ、アニキが上糸で他人が下糸だとすると、アニキの糸はいつもきつく張り詰めてて、その縫い目はアニキのほうばかりがピーってきつくつれてしまう。
どこにいってもそんな人間関係になってしまう。
他人はアニキのことを変わってるって思うし、アニキはストレスで参ってしまう。
どこへいってもずっとそういうことの繰り返しだ。
うちの台所には包丁が二本しかない。きれの悪い万能包丁と小さな果物ナイフが別々のところに仕舞ってある。それ以外はサラシをぐるぐる巻きにして、家のどっかに隠してある。アニキがまたそれを料理以外のために使わないためさ。
きっとアニキにも思い出したくないことはたくさんあるんだろうよ。
今、オレたちがオフクロさんに心配かけたくないって思うのは、そういうことがあるたびにオフクロさんが自分を責めて、ひどく落ち込むからなんだ。
アニキは就職もしないでずっと家に引きこもっていたんだけど、最近、ネットの友達とかできて、オフ会にもいくようになったし、紹介された作業所に短時間だけど通い始めた。
「病院でのことを忘れないように病床日記を書けって言ってたよ」
「へー。で、書くの?」
「やだよ、そんなの。辞世の句みたいで」
「オイオイ、正岡子規かい」
アニキのこと文学オタクって言ったけど、自分で小説、それもライトノベルとかを書いて賞金百万円なんてのに応募してるらしい。
お互いに気恥ずかしいから、作品を読ましてもらったことはないけど一五〇枚とか二五〇枚とかの長い話みたいだ。
今までになんか賞を取ったことはない。けど、アニキは高校生のときからずっと書き続けている。
オヤジさんはそれにも文句がありそうだけど、それはそれでえらいとオレは思う。オレにはできないことだからさ。
オヤジさんが来たときは、なんか疲れた。声がでかくて言うことがくどくて、やっぱ、あのばあさんの息子だなって思うんだよな。
それに加えてオレ自身が心の底ではオヤジさんに申し訳ないって思ってるからだ。
同窓会とかに行って、子供の話題になったとき、就職先のだとか、結婚だの孫だのの話されると、どの話を聞いても相手の自慢にきこえてしまうって言ってた。
息子はふたりともパッとしなくて収入がなくて、なかなか自立できなくて、いつまでもオヤジさんの脛をガリガリかじり続けてるわけで、そのうえオレは入院までしてしまって、ほんと、面目ないんだ。
でもさ、そういうことは重々承知のうえで、いうんだけど、話が長くなっていくだんだん素直になれなくなっていって「けど」って言いたくなるひとなんだよな、うちのオヤジさんて。
オレ、自分のことけっこう温和な性格だと思ってるけど、オヤジさんのあのくどさはそのオレさえもいらだたせるんだ。
更新日:2009-01-18 17:33:01