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その貴き黄金は。

 腹が減って、目が覚めた。
 がりがりと短い金髪をかき乱しながら身を起こす。半ばまだ呆けた顔で、大きく欠伸をした。
 固い寝台。木材が露になったままの室内。適当に脱ぎ散らかしていた衣服を蹴飛ばして、扉に向かう。

 これが、彼の王国だ。


 鉱山町の朝は、意外と早い。
 もう、山の方では男たちの野太い声が響いているし、路地では子供が走り回り、女たちが大量の洗濯物を干している。
「お早う、巫子様!」
「巫子様、寝坊ー」
 口々に声をかけてくるのに、金髪の男は苦笑しながら手を上げる。
 ここでは、巫子なんて、『親方』程度の意味しかない。
 町に一本しかない大通りの真ん中、最も重要で大きな建物に入る。
「おや巫子様、今日は遅いんだね」
 大柄な女が声をかけてきた。
「悪ぃ。残ってるか?」
「巫子様の分を忘れる訳がないじゃないのさ」
 笑って、奥の扉へ入る。幾らも待たないうちに、肉の浮いたスープと幾つかのパンが出てきた。パンは、ほのかに温かい。焼き立てである訳はないから、少し炙ってでもくれたのか。
「ありがてぇ。女将の飯は美味いからな」
 その言葉に、食堂の主は大きく口を開けて陽気に笑う。




 地竜王の高位の巫子、クセロ。
 突然出現して、世界を驚嘆に陥れた竜王と男は、龍神との死闘に勝利を収めた後、イグニシア王国より直轄地を賜ることになった。
 しばらく考えさせてくれ、と言ったのは、無論辞退する訳ではない。
 彼らには時間が必要だったのだ。……主に、地竜王が地図を読み解いて実際の地形と照らし合わせることができるまで。
『ふむ。ぬしの要求が全て満足するような地は、ここぐらいじゃの』
 地竜王の前肢が、無造作に地図上の一点を示す。
「……結構遠いな」
 眉を寄せて、クセロは呟く。
 そこは、イグニシア王国の北東部、クレプスクルム山脈に近い山だった。
 この半年で世界を一周近く移動したが、しかし彼は本来、王都から殆ど外に出たことのない人間だ。生活基盤を都市から離す、ということは、かなり思い切りが必要だった。
『断るか? 今までのようにここにおっても、さほど文句は言われまいよ』
 だが、地竜王の言葉には更に渋い顔になる。
 クセロは、既に今まで使われていた火竜王の高位の巫子グラナティスから解雇を言い渡された身である。現在、まだ事後処理が残っているから火竜王宮にいるのも許されている。しかしこの先もずっとは居座りにくいし、そもそも一つの竜王宮に二柱の竜王がいる、という事態もどうかと思う。
 かと言って、下町に戻って、二年前までのように小悪党として生きていけるかと言えば、それも難しいだろう。
 一人ならば今でも何とかできる自信はある。
 しかし、今では、否応なくこの古き竜王がついてくるのだ。そして、その高位の巫子としての地位も。
「あーもー……。本当に大将も面倒くせぇこと押しつけやがって……」
 三ヶ月前に散々迷い、とりあえずなし崩しに納得して引き受けたことではあるが、ぼやく。
 暗に自分が厄介だと言われていても、地竜王は全く動じずに卓の上にちょこんと座ったままだ。
 腕を組んで、じっくりと考えこむ。
 経緯はどうあれ、地竜王の巫子としての地位は引き受けてしまったものだ。こちらの方は、今更解雇を望むことなどできない。そう、文字通り、死ぬまで。
 ならば、その地位を利用できるうちは利用し尽くすのが道理というものだ。
「……そこにしよう」
 無駄に座った肝を発揮して、クセロはとうとう決断した。


更新日:2014-08-04 23:36:34

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