• 63 / 770 ページ
 二日後、アルマナセルは王宮で催された舞踏会に参加していた。
 勝利に対する祝いと水竜王の姫巫女を歓迎するためのものなので、帰還してきた当人が招待を断ることはできなかった。
 が、反面、姫巫女自身の招待は火竜王宮からきっぱりと断られてしまっていたために、事実上最も重要な主賓は存在しない。
 アルマナセルも、始まってから小一時間ほどは周囲に合わせて談笑していたが、今は解放されている。
 この拘束時間は、主賓の一人という扱いのためにいつもよりも少々長いぐらいだ。王国軍の機密に触れるという理由で、従軍中のことはあまり話すことができず、近づいてきた貴族たちは不満を抱いているようだったが。
 舞踏会の開かれている大広間は、その広さと人々のざわめきとで、奏でられている音楽は聞こえにくい。そのため、楽団は数組が距離を置いて配置されている。
 歩くにつれて違う音楽が聞こえてくるのが好きで、アルマナセルはふらふらと人ごみの間を進んでいた。
 煌びやかに着飾った人々が集う王宮という場にいると、ほんの数日前まで土埃にまみれて街道を進んでいたことがまるで夢のようにも思えてくる。
 途中、テナークスが十数人に囲まれていたところを遠目で見かけた。堅実かつ生真面目な彼がこの任務をどうこなすのか、僅かばかり心配ではある。しかし、まあこの場では少年は彼の上司ではない。頑張って貰うことにして、アルマナセルはその場を離れた。
 ある一角に、そこそこの人だかりができているのに、気を引かれる。
 滑らかなリュートの音に足を向けた。
 十数人の貴族たちに囲まれているのは、二十代半ば辺りの、一人の青年だった。
 その甘い声に酷く聞き覚えがあって、アルマナセルは硬直する。
 少年が人ごみの外に立っていたのに気づいたのか、青年は、瞳だけで軽く笑いかけた。

「……ノウマ----------ド!」



 アルマナセルは、背後に厄介ごとの種をひっ掴んで廊下を幾度か折れていった。
 幸い、王宮は幼い頃から出入りしている。どの辺りに人気が少ないか、彼はよく知っていた。
 ある扉を開いて、中に入る。力任せに青年を押しこんで、扉を閉めた。
「全く、何のつもりなんだい、アルマナセル。無理矢理拉致した挙げ句にこんな暗闇の部屋に連れこむなんて」
「……戯れろ、光明」
 軋むような声で命じる。彼らの頭上に、光が生じた。掌に包めるほどの大きさで宙に浮く光球の周囲を、幾つかの光の粒が楕円の軌跡を描いて廻っている。
 暗闇から解放されて、青年は僅かに身体の力を抜いた。減らず口を叩いてはいたが、この状況がそれなりに不安ではあったらしい。
 が、アルマナセルは追求を緩めるつもりはない。
「何でお前がここにいるんだよ、ノウマード!」
 怒声に、ひょいと肩を竦める。
「それはまあ、いろいろと、ねぇ?」
「色々じゃねぇ! いや色々でもいいけど、一つ残らず説明しろ! 何で王宮に入りこめた! どうして今まで摘み出されもしなかった! そもそもお前、その格好……!」
 矢継ぎ早に疑問点を捲し立てる相手に、きょとん、と視線を向けてくる。
 ノウマードの外見は一変していた。
 栗色の髪は、この数ヶ月でかなりばさばさになっていたが、今はきちんと整えられている。いかにもロマといった風だった衣服は、緑を基調にした、異国風の、しかし明らかに上等なものに替わっている。以前はつけていなかった装身具も、やはり異国風で、どちらかと言えば派手に目を引くものをつけていた。そして手にしたリュートは、二日前まで持っていた素朴なものではない。流石に弓矢は携帯していないが。
 変わらないのは、額を一周する奇妙な模様の布ぐらいなものだ。
「君も、軍服じゃないと一瞬判らなかったよ。見違えた」
「そんな返事を聞きたい訳じゃねぇ!」
 怒鳴りつけたアルマナセルは、勿論行軍中と同じ格好ではない。
 黒の上下に、クリーム色のサッシュベルト。頭に巻いている布は赤地に黒の模様を染め抜いている点では似ているが、生地は段違いにいい。それに金色の鎖を絡ませ、端にはやはり金の房が揺れている。ピアスはアメジストだが、石は前よりも大きい。指輪は、金の細いものを一つ。ここで自己主張できるほど、彼は歳をとっていない。

更新日:2012-07-02 01:33:17

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook