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 アルマナセルは退屈していた。
 カタラクタ王国の奥深く、王都に近い場所まで進軍してきている今ですら、彼は退屈だった。
 そのことについて彼を責めるのは、いささか酷なことだろう。彼は軍人ではない。彼はまだ十六歳の、一介の学生に過ぎないからだ。彼がこの軍に同行しているのは、ひとえに先の大戦で重要な役割を果たした家柄に生まれついたという、ただそれだけの理由でしかなかった。早い話が、縁起物扱いである。
 司令部もそのことはよく判っていた。アルマナセルはこの四ヶ月というもの、司令部の奥に控えているばかりで、実戦に参加することはおろか、会議において発言すら求められることはなかった。別に血に飢えているわけではなかったが、この日常は彼に暇を持て余させていた。今なら、しばらく放っていた歴史学のレポートでも書けそうな気がする、と少年は奇妙な確信をもって考えた。資料さえ、この場にあれば。
 彼の背後には二十五万の兵が街道を進み、その更に背後には、街や畑を焼く煙が細く立ち昇っていた。イグニシア王国軍の戦果である。僅かにいがらっぽい空気に、少年は小さく咳をした。
「お苦しいのですか、アルマナセル様」
 やや後方に馬を進めている青年が小声で尋ねてきた。彼の名はエス・タール。アルマナセルの世話役である。年齢が十ほども上の彼を、アルマナセルは兄のように思っていた。が、いわゆる反抗期の真っ只中である少年は、ぶっきらぼうに別に、とだけ呟いてそれを流した。
 王都までは、真っ直ぐ進んだとしても、およそ一月ほどの道程である。全く何事もなかったとして、だ。戦闘や捕虜の処遇やその他雑多な事柄が。いや、これほどの軍勢を率いている以上、予定に対する遅れは積み重なっていく一方だ。決して早まったりはしない。
 アルマナセルは、こっそりとため息をついた。



 軍隊よりも先行すること二時間。前方を偵察していた一小隊が、彼女を発見した。
 王都に比べれば規模は小さいものの、重要度においては遥かに勝る都市、フリーギドゥム。カタラクタ王国が祀る水竜王の名を冠したこの都市は、竜王宮を中心として構成される、ある意味宗教都市である。その城壁を望む小さな丘の上に、一本の白い旗が立てられていた。そしてそのすぐ側に、純白のローブに身を包んだ少女がただ一人、毅然とした表情で立っていたのだ。

更新日:2012-06-27 00:52:46

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