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「歌の調整ができたら、お前の部下に教えこめ。それからそいつらをあの拠点に帰して、帰郷してきた民へと伝えろ。そしてイグニシアに戻って、広く披露してきて欲しい」
 グラナティスが、卓に広げていた地図に、ざっと指を走らせた。
「この厳しい冬に、あの地へ戻れというのは酷だろう。そこを推して、頼む。火竜王宮には、ロマへできる限りの支援をするように伝えておく。冬のイグニシアには、娯楽がない。それなりに迎え入れられる筈だ」
 腕を組んで、オリヴィニスが考えこむ。
「龍神は、今まで徹底的に存在を隠していた。それが広まれば、動きにくくなるか」
「奴らにとっては、信望者を増やすことも大切だ。心酔するような人間は減らせはしないだろうが、手足となる程度の者なら、数を削れる。お前の覚えていた歌で、地竜王の勇猛さと、龍神の極悪非道を広く民に知らしめようじゃないか」
 不敵に笑うグラナティスに、青年も応じて薄く笑う。
「イェティス。頼めるか?」
「貴方のご命令でしたら、我が巫子」
 丁重に一礼して、答える。それに対してオリヴィニスは何か言おうとしたが、思い直したか、短く頼む、とだけ伝えた。


「話が逸れがちだな。まあ、これはこれで有意義だが」
 グラナティスの言葉に、ペルルが僅かに身を乗り出した。
「あの、先ほどのお話では、地竜王様は湖底におられるとのことでしたが」
 ペルルは、このような会議では殆ど発言しない。基本的に自らはグラナティスの保護の基にあるという立場でいるからだろう。
 そもそも、一行の最年長者たちが陰謀を巡らせ始めると、彼女だけではなく他者にはおいそれと口は挟めない。
 グラナティスは頷いて説明を始めた。
「ああ。古文書に基づいての推測ではあるが。だが、地上におられるのなら、多少なりと人の口に上るだろう。フルトゥナの古歌でさえ、把握できているものは一曲のみだし、今まではそれすら判らなかった。ここまで人目につかないとなると、水中、というのはそれなりに説得力はある」
「……それで、私の協力が必要なのですね」
 ペルルが静かに呟く。
 アルマナセルが驚愕して彼女を見つめた。
 全ての計画を把握しているグラナティスが、続ける。
「そうだ。貴女に、湖に潜って地竜王の痕跡を見つけて頂きたい」
「お役に立てるのならば、喜んで」
 柔らかく笑んで、姫巫女は軽く頭を下げた。

「なに……言ってるんだよ、お前」
 掠れた声で、何とか呟く。
 訝しげに、グラナティスが視線を向けてきた。
「聞こえなかったのか? ペルルに、湖に潜って」
「聞こえたよ! 正気の沙汰じゃねぇだろ、この冬の湖になんて!」
 淡々と繰り返されかけて、怒声を上げる。
「あの、アルマナセル、大丈夫です。私は水竜王の高位の巫女ですから」
 宥めるように片手を添えて、ペルルが声をかける。
「だからって、そんなことは」
「ですから、私は水竜王のご加護によって、水に関する全てのことから護られます。水中で息が詰まることもありませんし、水の冷たさも熱さも、私を害することは一切ありません」
 更に言い募ろうとしたところを、遮られる。
 グラナティスがそれに加勢した。
「お前は、僕が炎に害されないことを知っているだろう。ペルルもそれと同じだ。何も心配することはない」
 確かに、火竜王の高位の巫子は、炎の中に手を突っこんでも平然としており、火傷一つ負うことはない。アルマナセルは幾度となくそれを見ていたが、しかし、それとこれとは話が別だ。

更新日:2013-02-23 23:03:22

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