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 出発前に、オリヴィニスが一行を運ぶことに伴い、突然風景が変化することがある、と警告していた。
 が、周囲は一面の草原である。街もないし、森もないし、人もいない。
 時折、微妙に違和感を感じることがあったが、その程度だ。
 しかし、夕刻になった頃、突然目の前に湖が広がった時には流石に驚く。
「うぉぁっ!?」
 それぞれが反射的に手綱を引いたため、馬が嘶いた。
 平然としているのはオリヴィニスとその騎馬だけだ。
「そろそろ普通に進んでもいい頃だからね」
 目の前、と言っても、そこは湖岸に向かってなだらかに坂になっている辺りだ。岸辺に広がる街にはまだ入っていない。
 見たところ、アウィスの街は、国境の港に比べてまだ原型を留めているようだ。
 しかし、オリヴィニスは厳しい顔で告げた。
「この辺りは戦乱に巻きこまれてはいないから、さほど破壊はされていない。けど、三百年誰も住んでいないんだ。いつ、どこが崩れてもおかしくない。あまり建物に近づかないように」
 大通りを選んで、慎重に進む。
 港の広場に着いた時には、皆がほっと息をついた。
 見回すと、沖合い、数百メートル離れた辺りに、船が三艘浮かんでいた。
「……なんだ、あれは」
 馬車を降り、桟橋へ近づきながらグラナティスが眉を寄せて呟く。
 一艘は、国境で河を渡ったときのものだ。しかし、残り二艘には見覚えがない。
「竜王兵は捕まったのかな」
 落ち着かない気分で、アルマナセルが口にした。
「だとしても、私なら竜王兵の乗っていた一艘だけでここへ来るね。油断させておいて、私たちを捕らえるにはその方がいい。わざわざ姿を見せるなんて、論理的じゃない」
 オリヴィニスも、難しい表情で考えこんでいる。鞍袋を探って、以前、額に巻いていた布を取り出した。
「ただの用心だよ」
 そう言い訳しながら、再び額に嵌められた宝石を覆う。アルマナセルも、マントのフードを深く被った。
 やがて、船の方でもこちらに気づいたらしい。舟を下ろし、岸へ向かって漕いでくる。
「グラナティス、馬車に戻った方がいい」
 舟を見据えて、アルマナセルが忠告する。まだ、細部が見えるほど近くはない。
 オリヴィニスも、さり気なく弓に矢を番えた。今は手を下ろしているが、いつでも放てる状態だ。
 グラナティスはおとなしく馬車へ乗りこんだ。プリムラが向きを変えていたので、窓から様子を伺っているのだろう。
 舟がぐんぐんと距離を縮めてくる。乗っているのは、四名。少なくとも、こちらを向いている一人は王都の竜王兵隊長、ドゥクスだ。
 そして、もう一人は。
「……え?」
 声が聞こえてきたのか、オリヴィニスが呆然とした呟きを落とした。

「皆様、大事ございませ」
「オリヴィニス様、ご無事で!」
 舟を桟橋から数メートルのところにまでつけ、ドゥクスが声を上げる。
 が、横から同乗者が身を乗り出すように遮ってきた。
「お前は少しは遠慮しろ!」
 竜王兵の隊長が怒声を上げる。
「誰の許しを得て、そんなことが言えるのだ?」
 が、相手は見下すような口調でそう応じた。
 舟に乗っている残り二人は竜王兵だったが、呆れたようにその様子を眺めている。
「あー……ええと、どうしてお前がここにいるんだ、イェティス?」
 腕を組み、憮然としているグラナティスは口を開かない。とりあえず、困ったようにオリヴィニスが尋ねた。
 深々と風竜王宮親衛隊隊長、イェティスは頭を下げた。
「それは」
「大変申し訳ございません。ドロモス河を越え、皆様をお見送りした後、こやつらが卑劣にも攻撃を仕掛けて参りまして、拘束されておりました」
 今度はドゥクスが言葉を遮る。
「攻撃?」
 イェティスはあからさまにむっとしていたが、オリヴィニスが繰り返すのに頷いた。
「我らが領土を侵す者を、放置はしておけません」
 そういえば親衛隊は、一行にも攻撃と拘束を行っていた。そもそもが防衛のためにある拠点だ、渡河の時点から見張られていても、おかしくはない。

更新日:2013-02-18 22:45:15

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