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水の章

 月が、よく晴れた空に浮かんでいる。白い光に照らされているためか、大地は実際以上に冷たく見えた。じっとりと冷気が身体に染みこんでくる。
 昼間は、それでもまだ暖かいのだが。小さく身震いをして、青年はため息をついた。
「……退屈ですね、ニネミア」
 吹き抜ける風だけが、その呟きに応えている。一面に続く草原に渡っていく軌跡を残しながら。
 崩れた岩山の上に座ったまま、青年は軽く身体を伸ばした。
 その時、急激に巻き起こった突風が、彼の額に巻かれた布をはためかせた。緑の地色に黒で奇妙な模様が描かれたその布は、不規則な動きによりそれ自体が何やら生き物じみて見える。
「莫迦な……っ! 一体、何が……?」
 しかし何に驚いたのか、青年は弾かれたように立ち上がると空を見上げた。満天の星をぐるりと一瞥する。
 その視線が、ぴたりと北西の空で止まった。眉間に皺を寄せて、じっと一点を見つめている。
「……なるほど。面白くなりそうだ」
 どれほどの間、そうしていただろうか。やがて、青年は薄く笑みを浮かべてそう呟いた。

更新日:2012-06-09 02:33:09

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