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 慌ててそれを取り上げる。隣に座っていたノウマードが、身を乗り出して覗きこんできた。
「レヴァンダル大公子アルマナセル。十六歳。黒髪、紫の眼。頭部を布で覆っている。拉致の実行犯と行動を共にしている疑いが強い。早急に保護の必要あり。……保護、ねぇ」
 青年は、意味ありげな視線を向けた。
「どう見ても共犯者だと言っているようなものじゃないか?」
「実行犯扱いされてる奴が言うなよ」
 憮然として、アルマナセルは羊皮紙を睨みつけている。幸い、と言っていいのか、こちらには肖像画は描かれていない。
「そもそも、これはどこから手に入れたんだ?」
 自分に対する詰問が一段落したせいか、軽くノウマードは尋ねた。
「クセロが手に入れてきた。それらは明日には広場に貼り出される。一足先に地元の悪党たちに横流しされて、他の者よりも行動を先んじさせるのが慣例らしい。顔の利く男を使えると便利だ」
 あっさりとグラナティスが答える。
 昼間、市場でクセロが伝えてきたのは、ノウマードを捉えようとする集団がいるということと、逃走経路である。
 功を逸った賞金稼ぎの振りをしてノウマードを取り逃がし、わざと追っ手の足を止めたのも、ほんの数分ほど時間が取れればよかったのだ。
 その隙にノウマードは、教えられた路地に面した小さな扉に入りこんだ。
 そこの家は無人で、奥の部屋にある戸棚の中で、彼は一時間以上も息を潜めていた。
 やがてプリムラが着替えの服を携えて迎えに来た。無愛想な彼女に従い、火竜王の巫女服を身につけ、バスケットの中に今まで着ていたマントや、矢筒を布で巻いたものを隠して帰ってきたのだ。
「情報によると、王宮でお前の欠席裁判も開かれたようだ」
 続けて告げられたその言葉に、流石にアルマナセルも顔色を失う。
「なん、で……」
「お前の父親やら、従軍中の部下やら、顔見知り程度の貴族やらを集めて色々証言させたらしいな。まあ、大して効果がなかったからこその、その手配書だ」
 反射的に席を立ち、扉に向けて歩き出した。
「どこへ行く」
 グラナティスの問いかけも、今はさほど強い制止力がある訳ではない。
「親父に迷惑がかかってんだろ。戻らねぇと……」
 しかし不死なる巫子は、それに嘲るような声を上げた。
「効果がなかった、と言っただろう。お前の父親は上手くやっている」
「だけど!」
 振り向いて吠えかかる。が、真っ直ぐに見据えられて、続く言葉を飲みこんだ。
「甘く見るな。あれの忠義は、お前如きとは比べものにならん。僕が手塩にかけて育て上げた犬だ。他の誰よりも、王都で上手く立ち回るだろう」
 グラナティスの言葉よりも、むしろ自分に集中する視線の六割が憐憫混じりであることに肩を落とす。
 そんなことを一切気にかけず、さて、とグラナティスは話を切り替えた。
「猶予はなくなってきている。オリヴィニス、そろそろいい返事を聞きたいものだな」
 水を向けられて、ノウマードは視線を天井へと向けた。
「……まあ、もう王都に戻っても王女に取り入るのは無理っぽいしなぁ……」
 口の中で呟く言葉が届いたのか、あっさりとグラナティスが決定的な一言を告げた。
「ああ、とりあえず最初の旅の目的は、フルトゥナでお前と風竜王の封印を完全に解くことだ」
 一瞬唖然とした吟遊詩人は、次の瞬間立ち上がり、テーブルに両手を置いて幼い巫子に詰め寄った。
「どうしてそういうことを先に言わないんだ!」
「お前の都合のいい時に僕たちを見捨てて去って行かせるためにか? 欲しいのは理解と協力と誓約だ、オリヴィニス。我が竜王の名と燃え盛るその誇りにかけて、世界を救うために力を貸して欲しい」
 ほんの僅か、ノウマードの瞳に、確かな憎悪がよぎったように見えた。
 そう言えば三百年前に生きていた、という点ではグラナティスは間違いなく当事者だよな、とアルマナセルが考える。
 だが、ノウマードは低く、軋むような声を漏らした。
「……我が竜王の名と吹き荒れるその誇りにかけて」

更新日:2012-09-17 00:08:15

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