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宵の明星~鼓子~

 今宵は宵の明星が、一段と輝いている。

 村で唯一の医師である鼓子は、一人山道を急いでいた。思っていたよりも、お産が早く始まり、赤子も小さかったが、元気な産声に安堵した。お礼に貰った、筍で今夜は何を作ろうかしら。

 先の笹の茂みがざわつき、槍の先が光る。鼓子は反射的に、茂みに身を隠し、帯の短刀を握りしめた。

 近頃は、山賊まがいの野武士がこの辺りにも住み付き、近隣の村を襲っている。

 先の戦で討たれた金山家の元家臣といううわさも………

 だとしたら、私がその賊を討たねばならない。
 
 戦で敗れたとはいえ、金山家の恥を捨てては置けぬ!

 代々金山家に仕えた医師の一人娘
 
 炎上した城での唯一の生き残り
 
 鼓子は金山家の紋のついた短刀を抜いた。



「鼓子ー!!」

 この緊迫した空気が、のんきな男の声でかき消された。

「鼓子ー!!!」

 馬鹿!そこに賊がいるのに!!

 案の定、男は野武士五人に取り囲まれた。

「何だ?お前たち?あ!最近村を襲ってる賊だな!!」

 もう!ホントに馬鹿!!


 この声は、鼓子が世話になっている村長の息子だ。何かと鼓子の面倒を見てくれてはいるが、たまに妙に癪に障る。一人にしてって、今朝も喧嘩してお産に向かったところだった。

「うわ!何をする!!」

 鼓子は深呼吸して、短刀を握りしめ立ち上がった。そのまま、野武士にゆっくり歩いて向かっていく。

「こんなところで娘が何してる?物騒なもの持って」

「そなたらは、元金山家の家臣か?」

「だったらなんだ?」

「恥を知れ!!」


 鼓子が地をけり、空高く舞い上がる。野武士の背後を取ると、柄で頸椎を殴った。そのまま、隣の野武士の足を払い、みぞおちを突く。
そして、一番近くにいた男の脛を殴って、ここまでは計算通りだったのに………

「鼓子は俺が守る!やー!!」

 木刀を持って、それも見るからに一番強そうなのに向かって行って、ほおを殴られ、地にうつぶせに倒れた。村長の息子のせいで台無しだ。


「………もう、本当に馬鹿」

 これじゃあ、隙を見て逃げられないでしょうが!!



 鼓子はため息ついて、空を見上げた。


 城が炎に包まれた日

 あの日も宵の明星がきれいだった



 金星は私には不幸の星なのかしら?


 野武士たちの下世話な笑い声が近づいてくる。



「………鼓子」

 村長の息子が地面に這いつくばったまま、手を伸ばした。

「今までありがとう!あんたちょっとうざかったけど、毎日楽しかった!村長さんや村の皆さんにも、お礼言っててね」

 

笑って短刀を首筋に当てたその時


明星の瞬く空から、漆黒の馬が舞い降りてきた。










更新日:2012-04-06 14:54:00

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