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6.『洋式 葉っぱ マリーアントワネット』

 何となく店に入り辛くて小料理屋『ふじみ』の前をゆっくりと歩く。店の前には境の白い車が停まっており、いつも好んで座っているらしい窓際の席にハンサムな横顔が見えた。
 お礼にメシでも奢ると言ったのは一週間前のことである。その気持ちは今でもあるし、会って話もしたい。しかし、店には江崎がいる。江崎とは先日「第二反抗期だ」と言われて以来、何となく顔を合わせずにいた。
(気にしなければいいんだろうけど……)
 自分の子供じみた『甘え』を指摘された手前、どんな顔をしたらいいのかわからない。迷いながら店の入り口前に差し掛かったその時、ガラッと店の表戸が開いて誰かが出て来た。
「よお」
 中から顔を出したのは、その江崎だった。
「待ち合わせだって?」
 もう来てるぞ、といつもと変わらぬ口調と笑顔で声を掛けられ、ずっと悶々としていた南は拍子抜けして足を止める。視線を向けると、窓際の席で南に気付いたらしい境が小さく手を上げるのが見えた。
「……うん」
 南は一瞬躊躇ってから頷くと、進路を九十度変更して店の入り口に向かう。そして、暖簾を開けて待ってくれている江崎に礼を言うと、その脇をすり抜けて中に入った。

「先日はども」
 テーブル席の横に立ち、ペコリと頭を下げて助けて貰った時の礼を言う。境は「いや」と答えると、南を見上げて微かに眉を寄せた。
「どうした?」
 また何かあったのかと問われて、南は慌てて笑みを作る。
「や、別に何も……」
 何と答えたものかわからなくて言葉を濁しながら向かいに座ると、境がその様子をじっと見詰めてから言った。
「まあ、よく知らない人間に相談など出来ないとは思うが……」
「や、ホントそういうんじゃなくて……!」
 境の言葉に南は慌てて言うと、少し迷ってから小さく溜息をつく。そして、あの一件以来松坂とギクシャクしていることと、そのせいで江崎に怒られたことを話した。
「そうか」
 南の話を聞き終えた境が、短く答えて少しホッとしたように息をつく。
「すまなかった。そういうことならちゃんと話してから帰れば良かったな」
 境にいきなり謝られた南は、慌てて首を横に振る。
「何言ってんだよ、別にあんたは悪くないだろ」
「だが、その幼馴染みを誤解させたまま帰ってしまったのは事実だからな」
 境の言葉に南は首を傾げて「誤解?」と問う。松坂がいったい何を誤解したと言うのだろうか。意味を問うように見詰めると、その視線を受けて境が答えた。
「その幼馴染みはたぶん……」
「たぶん?」
 境の言葉に、南はキョトンとしてその顔を見返す。
「いや……」
 境は言葉を切ってその先を濁すと、ちょうど運ばれて来た食事を江崎から盆ごと受け取った。
「ホイ、お前も」
「すんません」
 南もペコリと頭を下げて食事の載った盆を受け取る。今日はオレの驕りだから、とちょっとおどけながら念を押すと、境は笑いながら頷いた。
「では、この次は俺が奢ろう」
 もうすぐ給料日だから、という境の言葉に、南は「マジでっ?」と答えて大喜びで破顔する。
「じゃあ、その次はオレが奢るね。オレ、25日だから」
 割り箸を割りながら自分の給料日を告げると、しかし境は南の提案に苦笑を返した。
「気持ちは嬉しいが、そのバイト代は生活費だろう」
 社会人の方が収入が多いのだから学生のうちは奢られておけ、と先日と同じことを言われて、南は思わずムゥと頬を脹らませる。その子供のような不満顔に境はプッと小さく噴き出して笑うと、不意に手を伸ばして南の頬を指先で摘まんだ。
「こんな顔をしてるうちはまだまだ子供だな」
 いきなり頬を摘ままれた南は、目をぱちくりして目の前の顔を見詰める。境は柔らかな眼差しで南を見詰め返すと、その指先の背で先日と同じようにスリと南の頬を撫でた。
「……ッ!」
 それはほんの一瞬で、すぐに境の大きな手は南の頬から離れて行く。南は驚きの眼差しで境の顔を見詰めながら、無意識に自分の頬に手を当てた。次の瞬間、カアッと顔が熱くなって南は慌てて下を向く。そして、狼狽えながら箸を掴み直すと、目に入った味噌汁の椀を急いで掴んだ。

更新日:2012-02-02 20:53:46

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