• 61 / 488 ページ
 確かにあの街道を通れば最短の距離で奴隷をアレス帝国に引っ張っていける。
 高級奴隷を除けば、大抵奴隷は縄で繋いで歩かせて連れていく。
 距離が短いほど奴隷の損傷も少なくなり、結果売値も高くなる。

「やっぱりな! 今あの街道に向かって奴隷の一団が徒歩で引き立てられている。
 アレス帝国の敵となりうるほどの勢力はもうお前の国に残っていない。
 奴隷をつれてまっすぐあの細い街道を行くだろう。
 幸いあの街道の両側には森が広がっている。帝国の兵士を蹴散らせば、奴隷どもは森に逃げ込めるんじゃないか?」

 紅い瞳を光らせたまま指差した先は、俺が他国に行くときに何度か使った街道だった。
 ここからだと歩いて二日もかからない。

「でもたった二人でどうやって蹴散らすというんだ。この里を襲ってきた兵はせいぜい百人ちょっと。しかもたいした訓練も受けていない、簡単に奪略に走るような民兵がほとんどだ。
 対して奴隷や奪った物資を運ぶために警護している兵はおそらく正規軍。どう考えても勝ち目が無い」

「……お前、シヴァの末裔にしては本当に馬鹿だな。そういう時のためにワタシが居るんじゃないか。まぁ、魔縛で縛られている上にお前が主人じゃ本来の1000分の1の力も出せないが、それでも人間ごときに遅れをとったりはしない」

 ヴァティールは小さな胸をそらしてえらそうに言った。
 この体の本当の持ち主なら絶対にしない仕草と言葉使いに、俺はほんの一瞬悲しくなった。

「……アースラにもリオンにも負けたくせに……」

 ぼそっと呟くとヴァティールは憤慨した。

「あ、あれはだな、アースラの野郎の外道な姦計に引っかかっただけでワタシは魔力じゃ負けてはいない!!
 それに糞アースラも陰険だが、お前の弟も相当なものだ。
 お前に危害を加えると思ったんだろうな、死んだ振りしてだまし討ちしやがった。
 糞アースラといい、お前の弟といい、とても人間とは思われない。悪魔のような奴らだ」

「……リオンを悪く言うなっ!!!」

 叫ぶ俺を魔獣は面白そうに見た。

「……へえ。お前、リオンを天使か何かだと思っているのか?
 アレは糞アースラが残した最悪の人器クロス神官の末だぞ。
 なんとおめでたい頭だ。
 ワタシは邪悪なるアースラに封じられ、物のように初代クロス神官に引き渡されてからの記憶がない。
 あいつが死ねばあとを継ぐ初代クロス神官の手にさえ負えなくなると危惧したのだろう。
 完全に魔縛された挙句意識まで封じられた。
 たが未熟なお前の弟じゃ、アースラの野郎みたいにぎちぎちの魔縛は出来やしない。
 お前を助けるために魔縛を緩めてワタシの力を使ったところまでは良かったが、その先が未熟すぎる。
 だからワタシも表に出てこれるようになった。暇つぶしにこいつのこれまでの人生を覗き見ることすら出来る。
 色々と覗いて見たが面白かったぞ。こいつの本性を教えて欲しいか?」

 魔獣がニィっと哂う。

 俺の知らないリオンのこれまでの人生。
 どういうものだか一瞬興味が湧いたが、そういうことは本人の了承も得ずに暴くような事柄ではない。
 まして本当かどうかすらわからない魔獣の言葉など。

 ゆっくりと首を振るとヴァティールはつまらなさそうに横を向いた。

更新日:2013-09-30 15:46:03

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook

滅びの国の王子と魔獣(挿絵あり)