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人質

「何!? 4人いる皇子、皇女のうちこちらで選ぶだれか一人を人質として差し出すと言って来ただと?」

 転機は突然やってきた。

 しばらくはこう着状態が続くと思っていたアレス帝国から、和平の申し込みが来たのだ。

 奴らはヴァティールにより、十数万の兵士を失った。
 手塩にかけたであろう魔術士団300名も、一瞬にして失った。

 小国であるブルボアにあれだけの大軍勢を送り込んでおきながら、たった一人すら帰還させることが叶わなかったのだから、さぞや肝を冷やした事だろう。

 アレス帝国が小国に惨敗したという噂はすでにアルフレッド王により密かに世界中にばらまかれている。

 たった一人すら帰還させることが叶わなかったのであれば、どんな噂を立てるも我が国の思いのままだ。

 また我が国と同盟を結ぶ数十の国々もそれに協力した。

 ヴァティールの事はもちろん伏せておき、迷信深い国には『アレスは神の怒りに触れ雷に打たれたのだ』とばらまき、また違う国には『キメラをけしかけられたのだ』と噂を流した。

 もう少し識者の揃っている国には『裏切り者がアレス城内にいる。そいつが他国に情報を流したために、ブルボアのような小国の罠にかかり全軍焼き殺されたのだ』とふれて回った。



 アレス帝国の要職についている者はある程度正確な情報を持っているだろうが、そもそもヴァティール一匹にやられたなんて自国民に言えるはずもない。

 かと言って、十数万の兵が一瞬にして消えたことはさすがに完璧に隠せることではない。
 彼らにだって家族はいる。
 上は貴族、下は下級平民まですべて消息を絶ってしまったのだ。彼らの親族や友人が騒がないわけが無い。

 下級将校や一般の兵士はでまかせの情報をあちこちの国から掴み、今頃恐慌状態に陥っていることだろう。

 国の力を削ぐのに大軍勢だけが有効なわけではない。
 やり方によっては、人の口だけで大打撃を与えることができるのだ。

  


 ブルボアごとき新興の小国に歯が立たなかったという噂により、アレス帝国の軍事国家としての権威は地の底に堕ちた。

 帝国が数多く持つ植民地は宗主国の弱体化を知り一斉に主に牙を剥き、そうして自治権を直ちに奪い返すところまではいかずとも、大木の枝葉を蝕んでいく。

 力で領土を広げてきたあの帝国は、恨みもまた深くっかっていたのだ。


 アルフレッド王は植民地の蜂起を聞くなり同盟を結んだ国々に手を回して、反乱軍に裏から武器を流すよう依頼した。

 以前ブルボア王国を見捨てた諸王たちは、まるで昔から我が国の盟友であったかのような顔をして、喜んでその案に乗った。



 もうアレス帝国は以前のような強権を纏える状態ではなくなっていた。

 戦争により獲得した全ての領地の火種を押さえるのさえ、精一杯のありさまであった。

 

更新日:2013-10-04 13:52:27

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