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5 ごみ出し
ある日早弥がごみを出しに階下へ下りてゆくと、
同じマンションの住人が
やはりごみ出しにきていた。
早弥はマンションのご近所さんを
いちいち個別認識はしていなかったが、
なぜかこの男だけは覚えていた。
理由は簡単だ、若い男だったからだ。
ほかの家は、だいたいみな女の人か、
明らかに世帯臭のする旦那がごみ出しに出てきていた。
ここのマンションは
SEだった加也の給料で借りているマンションだ、
親から仕送りをもらっている若者が住んでいるとしたら、
それは相当のぼんぼんに違いなかった。
早弥は、嫌な感じを、いつも覚えた。
早弥のうちは並の下くらいのサラリーマン家庭で、
父親は小さな会社の事務員だった。
母親がときどきパートに出て
家計を維持しているような家だった。
だから、そもそも金持ちに抵抗がある。
「おはようございます。」
それでも彼はいつも丁寧に早弥に挨拶した。
躾の悪い馬鹿息子というわけではなかった。
「おはようございます。」
早弥は鸚鵡返しに機械的な挨拶を返す。
彼は物言いたげに少し早弥をみる。
世間話がしたいのだろうな、と
その雰囲気からいつも早弥は察していたが、
相手をするつもりはなかった。
その日もくるりと方向転換して階段まで戻ったが、
「あのう…」
と呼び止められた。
「なんでしょう。」
「あのう、すみません。
俺、近所うといんですけど、…同じ階の方ですよね。」
「僕も疎いのでしりません。」
早弥はけんもほろろに言った。
しかし若者はくいさがった。
「俺、4階です。」
「ああ、うちも。」
なるべくそっけなく言った。
「一年位前に、引っ越してらっしゃいましたよね?」
「もうそんなになるかな。
クリスマスの前だったとは思うけど。」
「でも、前の人も住んでますよね。」
「…友達が親切でとめてくれてるんですよ。
職がみつかったら出て行きます。
昨今の不況でね。リストラされたものだから。
寮、おいだされて。」
出て行く気など実はまったくないのもともかくとして、
なんでこんなつっこんだこと
こいつに言わなきゃならないんだと思いながら、
早弥は早口に説明した。
すると、なんと若者はこう言った。
「それ、大家が知ったら追い出されますよね。
契約違反だ。」
さすがに早弥はふりかえって若者をにらみつけた。
若者はにっこり笑った。
「…ていうか、男性の方だったんですね。
俺、あなたあすこんちの妹さんかと思ってた。
お二人、顔が少し似てるから…。
大家に言ったりはしませんよ。
俺407号室の長船です。
よろしく。
…ええと…。」
「…名乗りたくもないけど、草壁です。」
「志藤さんのうちの草壁さんね。
おぼえときます。
じゃ、行ってきます。」
長船は早弥に手をふって、そのまま出かけていった。
ある日早弥がごみを出しに階下へ下りてゆくと、
同じマンションの住人が
やはりごみ出しにきていた。
早弥はマンションのご近所さんを
いちいち個別認識はしていなかったが、
なぜかこの男だけは覚えていた。
理由は簡単だ、若い男だったからだ。
ほかの家は、だいたいみな女の人か、
明らかに世帯臭のする旦那がごみ出しに出てきていた。
ここのマンションは
SEだった加也の給料で借りているマンションだ、
親から仕送りをもらっている若者が住んでいるとしたら、
それは相当のぼんぼんに違いなかった。
早弥は、嫌な感じを、いつも覚えた。
早弥のうちは並の下くらいのサラリーマン家庭で、
父親は小さな会社の事務員だった。
母親がときどきパートに出て
家計を維持しているような家だった。
だから、そもそも金持ちに抵抗がある。
「おはようございます。」
それでも彼はいつも丁寧に早弥に挨拶した。
躾の悪い馬鹿息子というわけではなかった。
「おはようございます。」
早弥は鸚鵡返しに機械的な挨拶を返す。
彼は物言いたげに少し早弥をみる。
世間話がしたいのだろうな、と
その雰囲気からいつも早弥は察していたが、
相手をするつもりはなかった。
その日もくるりと方向転換して階段まで戻ったが、
「あのう…」
と呼び止められた。
「なんでしょう。」
「あのう、すみません。
俺、近所うといんですけど、…同じ階の方ですよね。」
「僕も疎いのでしりません。」
早弥はけんもほろろに言った。
しかし若者はくいさがった。
「俺、4階です。」
「ああ、うちも。」
なるべくそっけなく言った。
「一年位前に、引っ越してらっしゃいましたよね?」
「もうそんなになるかな。
クリスマスの前だったとは思うけど。」
「でも、前の人も住んでますよね。」
「…友達が親切でとめてくれてるんですよ。
職がみつかったら出て行きます。
昨今の不況でね。リストラされたものだから。
寮、おいだされて。」
出て行く気など実はまったくないのもともかくとして、
なんでこんなつっこんだこと
こいつに言わなきゃならないんだと思いながら、
早弥は早口に説明した。
すると、なんと若者はこう言った。
「それ、大家が知ったら追い出されますよね。
契約違反だ。」
さすがに早弥はふりかえって若者をにらみつけた。
若者はにっこり笑った。
「…ていうか、男性の方だったんですね。
俺、あなたあすこんちの妹さんかと思ってた。
お二人、顔が少し似てるから…。
大家に言ったりはしませんよ。
俺407号室の長船です。
よろしく。
…ええと…。」
「…名乗りたくもないけど、草壁です。」
「志藤さんのうちの草壁さんね。
おぼえときます。
じゃ、行ってきます。」
長船は早弥に手をふって、そのまま出かけていった。
更新日:2012-02-05 19:05:13