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4 好き好んで



早弥は名前のせいもあってか、
それともこんなのが人並みというものなのか、

自分がどうして自分にうまれてきたのか考えることが
よくあった。

自分の生まれに
恨みや後悔があるという意味ではない。
そういったものは特に感じていなかった。

ただ、めんどくさがりなので、
万事半端に生きてきた感はある。

学校の先生が、
40すぎたら自分の顔に責任をもちなさいと
昔、言った。

早弥はそれを思い出すたび、
まだ時間がある、と思った。

なぜかわからないが、
自分の本当の仕事はこれからなのだという
ひそかな確信があった。
 
仕事も女性関係も半端で、
物事に熱中するタイプでもなく、
熟考することも嫌いで、
掃除も料理もできるというだけで上手くもなかった。

それでも強く自分を恥じたことは、ない。

勿論軽く照れることはあるが、
加也のように、
落ち込んで身動き取れなくなるほど恥じたことは、
ついぞ一度もなかった。

だから今の加也をみているのはとても不思議だった。
加也はたいていのことはなんでも早弥より上手くできた。
なのに。

え?と思ってびっくりしている間に、
目の前でずざーっと坂を滑り落ちていったように見えた。

早弥は、
自分が自分に生まれてきたことが、
とても不思議だった。

いろんな人間がいるのに、
自分が自分であることが、
とても不思議だった。

それを上手く表現することはできないけれども、
誰か別の人間に生まれたって不思議はなかったと、
そんなふうに漠然と思うのだった。

そうすると、自分は自分で好き好んで、
この女の名前の女の顔をした男に
生まれてきたような気がして
ならないのだった。


更新日:2012-02-05 19:03:06

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