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3 今度こそ



加也は病院でもらう薬のせいで、
ぼんやりしていることが多くなっていた。
思考も散漫で、
考えがうまくまとまらなかったり、
まして素早く判断することなどは
できなくなっていた。
地図などはまったくよめない。

「俺、薬飲みはじめてから頭悪くなったよな…」

 加也は時々そう言った。

「…頭が悪くなったんじゃなくて
性格が良くなったんじゃないの。
クソののしられること少なくなったよ。」
「…クソののしる気力がねんだよ。」
「じゃ僕の性格が良くなったんだ。」

 加也はぼんやりしたまま言った。

「…お前のそういうとこ好きよ。」

「どういうとこ。
人生が投げやりなとこ?」

「なげやりなのかよ。」

「なげやりだろう。
失業給付とうにきれてる。」

「じゃ俺の疾病給付きれて貯金がなくなったら生活保護だな。
俺たち内縁の夫婦あつかいしてもらえんのかな。」

「…それは無理じゃないかな~。
でもどうせ僕の住民票、ここにいれてないから。まだ寮のままだ。
書類上は、加也は一人暮らしなんだよ。」


加也の情動は以前とさほどかわらない部分も多かった。
笑うこともあったし、機嫌の良い日もあった。

ただ落ち込んだときだけは、
本当に際限がなかった。
ベッドに横になって丸くなったまま、
身動きもせずに布団をかぶっている。
そしてあきれるような悪循環の
思考スパイラルにはまっていくのだ。

以前大好きだった模型作りにも
まったく興味がなくなってしまった。

もっとも
SEになってからは
模型を作る暇もなかったようだったが…。


テレビの音がうるさくて耐え難いというので、
早弥もテレビをあまり見なくなった。
ときどき、教育テレビの子供向け番組などを、
低い音で一緒に見るだけだ。


早弥はそんな生活でも不思議と不満はなかった。

早弥はなぜか、「今度こそ」という気持ちを持っていた。
「今度こそ」の次にどんな言葉がつながっているのか、
早弥自身にもわからなかった。

けれども早弥は、固く心に決めていた。

「今度こそ」と。



更新日:2012-02-05 19:01:37

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