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2 悪夢



早弥は女の名前だと、早弥は思う。

おせっかいな兄でもいれば
教えてもらえたかもしれないが、
一人っ子なので、
どういういきさつでそうなったのかは
わからない。

だが要するに、
親は女の子を産む予定だったのではないかと思う。



早弥はよく夢をみる。
自分が女として生きている夢だ。
美しい女で、
たくさんの男から結婚を申し込まれる。

古風な集落のしきたりで、
その男たちがボートレースをする。
勝者が早弥を娶る決まりだ。
女の側に選ぶ権利はない。

早弥は一つの船をみつめている。
負けるはずのない船だった。

だがなんとしたことか、船は沈んだ。


卑怯な手だ。誰かが船底に穴をあけたのだ。


声を殺して泣いた。
笑顔、笑顔、笑顔の記憶。
あのこぎ手の、花嫁になるはずだった。
選ぶ権利はなくても、愛する人と結婚できるはずだった。
だってあの人は、一番のこぎ手だったのだから…

涙にむせて目が覚める。


「何泣いてんだよ」

加也が不機嫌に言う。

早弥は加也の顔を見てほっとする。
ああ、夢だったんだ、夢だったんだすべて、と。

「加也…」
「何泣いてんだってきいてんだろ。」
「女の子の好きだった人が、陥れられて水に沈む夢を見た。」
「…ふーん。」
「その女の子が僕だった。」
「…あっそう。」
「…女ってつらいね。」
「…んなこと言われてもな。男だし。」
「うん、男で良かった。」

早弥は加也をだきしめる。

早弥はいつのまにか、
あのこぎ手が加也だったことを疑わなくなった。
根拠も理由もない。
直観だった。



更新日:2012-02-05 18:58:58

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