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出生
「おう。やっと起きたか○○」
「ん~ おはよー って、あれ? パパがこんな時間に家に居るなんて珍しいね」
「パパだって喉も渇けば腹もすく。すぐに仕事に戻るさ。それにしても○○、おまえ、こんな時間になってもまだパジャマ姿で目ボケ眼をこすっているのか。パパは知ってはならない真実を知って知っちまったのかな」
「だって。変な夢を見たんだもん。良く覚えてないんだけど、何だかやる気が出なくて。ぼうっとしちゃってるのかも。ねぇ、それよりパパ、せっかくうちにいるんだから学校まで送って」
「冗談じゃねぇ」
「えー。そんなばっさりと切り捨てなくても」
「遠まわしに断れば良かったのか? 不毛だな。ほら、ママが呼んでいる。早く用意をしないと学校に遅れるぞ」
「けち」
「誰がケチだと、このやろう!」
「もーっ。またすぐ怒るー! いいからパパもお仕事に行きなさい! ママー、私、パン食べるー!」
あの世界のパパは(あれでも)小さな神社の神主さんだった。
午前中は神社のお仕事をして、お昼から神社のふもとで経営しているお蕎麦屋さんに入って蕎麦を打っているという、自由気ままに生きている面白い人だった。ただ、ちょっと沸点が低いと言うか、喧嘩っ早いところのある人で、子供だった私ともよく対等に喧嘩をしていた。
その時の私はまだ中学生になったばかりで、我侭いっぱいに毎日を一生懸命生きている普通の女の子だった、と、思う。ああ、近所に剣術を主体として武術を教える古武道の道場があって、物心付いたころから毎日のように通っていたところは違っていたかも。
だけどそれは修行の為というのではなくて、そこにいるお兄さんやお姉さん達と一緒に暴れたり、お喋りをしたりするのが楽しかったからだけ。
・・・ほんと、私もパパの事を言えないくらい自由で気ままで我侭な女の子だったんだなぁと思う。
だけどその日、私は唐突に、みんなとお別れをする事になった。
テレビを見ながらママが焼いてくれたトーストを食べて、遅刻するとお尻を叩かれながら、のたのたと歯を磨いて、制服に着替えて、水筒をナップサックに押し込んで、学校指定の白いスニーカーを履く。
「いってきまーす」
「ああ○○ちゃん、今日はママ遅番だから、6時を過ぎないと帰ってこないからね。パパのお店で待ってる?」
「道場に行ってる」
「はいはい。迷惑を掛けちゃ駄目よ」
「わかってるって」
「鍵は持った?」
「うん」
「いってらっしゃい」
「はーい」
改めて、いってきます、と大きな声で言いながら玄関をくぐった時、何か分厚い空気の壁を潜り抜けたような気がした。
あれ、と思って振り返ると、そこに私の家はなかった。まっすぐに続く乾いた土の道がただあるだけ・・・
呆然として振り返って見ると、門と、その先にあるはずのアスファルトの道路はない。やはり、まっすぐに続く土色の道と、武家屋敷の長屋塀が長い直線を描いているだけだった。
ううん。今だからそれがお武家様のお屋敷の外壁となる長屋塀だとわかるんだけれど、その時の私にはそれが何だかわからなかった。
わかるはずもない。だってそこは私がたった今まで居た世界と全く違う時代の違う場所だったんだから。
踏みしめる大地が違う。
景色が違う。
強い風が違う。吸い込む空気すら違っている。
本当に何が何だか分からなかったし、考える事も出来ずに呆然と突っ立っているだけしか出来なかった。
お江戸の町にはあまりに不釣合いな制服のスカートが、この町特有の強い空っ風にぱたぱたとはためいていた。
「おう。やっと起きたか○○」
「ん~ おはよー って、あれ? パパがこんな時間に家に居るなんて珍しいね」
「パパだって喉も渇けば腹もすく。すぐに仕事に戻るさ。それにしても○○、おまえ、こんな時間になってもまだパジャマ姿で目ボケ眼をこすっているのか。パパは知ってはならない真実を知って知っちまったのかな」
「だって。変な夢を見たんだもん。良く覚えてないんだけど、何だかやる気が出なくて。ぼうっとしちゃってるのかも。ねぇ、それよりパパ、せっかくうちにいるんだから学校まで送って」
「冗談じゃねぇ」
「えー。そんなばっさりと切り捨てなくても」
「遠まわしに断れば良かったのか? 不毛だな。ほら、ママが呼んでいる。早く用意をしないと学校に遅れるぞ」
「けち」
「誰がケチだと、このやろう!」
「もーっ。またすぐ怒るー! いいからパパもお仕事に行きなさい! ママー、私、パン食べるー!」
あの世界のパパは(あれでも)小さな神社の神主さんだった。
午前中は神社のお仕事をして、お昼から神社のふもとで経営しているお蕎麦屋さんに入って蕎麦を打っているという、自由気ままに生きている面白い人だった。ただ、ちょっと沸点が低いと言うか、喧嘩っ早いところのある人で、子供だった私ともよく対等に喧嘩をしていた。
その時の私はまだ中学生になったばかりで、我侭いっぱいに毎日を一生懸命生きている普通の女の子だった、と、思う。ああ、近所に剣術を主体として武術を教える古武道の道場があって、物心付いたころから毎日のように通っていたところは違っていたかも。
だけどそれは修行の為というのではなくて、そこにいるお兄さんやお姉さん達と一緒に暴れたり、お喋りをしたりするのが楽しかったからだけ。
・・・ほんと、私もパパの事を言えないくらい自由で気ままで我侭な女の子だったんだなぁと思う。
だけどその日、私は唐突に、みんなとお別れをする事になった。
テレビを見ながらママが焼いてくれたトーストを食べて、遅刻するとお尻を叩かれながら、のたのたと歯を磨いて、制服に着替えて、水筒をナップサックに押し込んで、学校指定の白いスニーカーを履く。
「いってきまーす」
「ああ○○ちゃん、今日はママ遅番だから、6時を過ぎないと帰ってこないからね。パパのお店で待ってる?」
「道場に行ってる」
「はいはい。迷惑を掛けちゃ駄目よ」
「わかってるって」
「鍵は持った?」
「うん」
「いってらっしゃい」
「はーい」
改めて、いってきます、と大きな声で言いながら玄関をくぐった時、何か分厚い空気の壁を潜り抜けたような気がした。
あれ、と思って振り返ると、そこに私の家はなかった。まっすぐに続く乾いた土の道がただあるだけ・・・
呆然として振り返って見ると、門と、その先にあるはずのアスファルトの道路はない。やはり、まっすぐに続く土色の道と、武家屋敷の長屋塀が長い直線を描いているだけだった。
ううん。今だからそれがお武家様のお屋敷の外壁となる長屋塀だとわかるんだけれど、その時の私にはそれが何だかわからなかった。
わかるはずもない。だってそこは私がたった今まで居た世界と全く違う時代の違う場所だったんだから。
踏みしめる大地が違う。
景色が違う。
強い風が違う。吸い込む空気すら違っている。
本当に何が何だか分からなかったし、考える事も出来ずに呆然と突っ立っているだけしか出来なかった。
お江戸の町にはあまりに不釣合いな制服のスカートが、この町特有の強い空っ風にぱたぱたとはためいていた。
更新日:2012-02-08 15:43:47