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第二部    インディケーション

「おーい、ちづるぅ!」

 元気な声に振り返ると、巡察の隊服に身を包んだ平助くんが手を振っていた。後ろには巡察を共にした彼の隊の仲間が、その声につられるようにこっちを見ている。

 目が合ったので、ぺこりと頭を下げると、彼らは手を上げて挨拶を返してくれた。何度か巡察で一緒になった人達だ。隊長が平助くんだけに皆気さくで、心安い。そのまま平助くんにお疲れ様でしたと声を掛けて、去っていった。

「お帰りなさい、平助くん。巡察、ごくろうさま」
「おーただいまっ。なにそれ、どしたの?」

 小柄な身体を大きく包む浅黄色の羽織をふわりとひらめかせながら駆けてくると、彼は私の腕の中を覗き込みながら首を傾げる。そこには、油紙に包まれた青紫色の小さな風船がたくさん・・・じゃない。キキョウの花があった。

「八木さんにいただいたの。近藤さんの部屋に飾ってあげようと思って」
「へぇ。いいなぁ」
「平助くんも欲しい?」
「あー、うん。でも食えねぇしな、それ」
「お薬にはなるんだけどね」

 答えながら笑う。
 ふわりと、控えめな花の香が鼻を掠めた。

「あのさ、今度オレ、江戸に下る事になったんだ。新規隊士を募集する事になったんだけど、やっぱ武士は東? 東(あずま)武士っての? 近藤さんがそんな事を言い出してさぁ、だから近藤さんとオレが代表で江戸に下って、入隊希望者を集めて選定する事になった」
「えー、それ、すごいじゃない。」

 へへ、と笑う平助くん。

「それでさ、ついでにお前んちを見て来ようと思ったんだ。芝って言っただろ? 高輪の方か?」
「あ・・・ えっと、有馬様の水天宮って分かる?」
「増上寺の方か」
「うん」
「わかった。様子見をして、何か分かったら報告するからな。お前も気落ちしないで頑張んだぞ」
「・・・うん」

 うん。ありがとう。

「まーたそんな顔をするなって!」
「だって」
「だってじゃねーって!」
「嬉しいんだよ。本当に、いつもありがとう、平助くん」

 また泣きそうな顔をしていたのか。江戸の家の事を思い出して一瞬でも心が曇ったのは事実だけど、平助くんの言葉を嬉しいと思ったのも素直に本当の事だ。頭を下げると、平助くんは弟にでもするような気安さで、私の頭をわしゃわしゃと掻き混ぜた。

 う。髪が。

「わははっ。ひでぇ頭っ」

 誰のせいっ。

「花器を探すんだろ? 手伝ってやるよ」
「うん」

 秋の爽やかな空気の中、抜けるような青い空に飛行機雲みたいな筋雲がたなびく昼下がりの事だった。

更新日:2012-05-27 23:12:45

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