- 55 / 189 ページ
元治元年七月 ~続・騒乱の都~
あの池田屋事件以来、私は外出を許可される日が増え始めていた。私の働きを認めてくれたのと、多分、地理を覚えた事を評価されたのだと思う。
だけどもあの土方さんがそう簡単に許可をしてくれるものじゃないし、憶測だけどもサンナンさんが口添えをしてくれたのじゃないかと思う。でないと、私が地図と睨めっこをして頭を抱えていた事なんて誰も知らないはずだもの。
外に出られる機会が増えた事は素直に嬉しい。とはいえ、あの枡屋の騒動があるからあまりに度を外した行動は慎むように心がけていた。
そのせいもあるのかな。あの日以来、父様の消息はぱったりと聞かれなくなっていた。
今日の巡察は原田さんの十番組と一緒。彼や、あの日以来少しずつ私の存在を受け入れ始めてくれている隊士の皆さんとの何気ない会話は、父様の事でふさぎがちになる私の心を癒してくれていた。
「あの、原田さん。さっき皆さんが話していたんですけど、昨日は食い逃げを捕まえたって本当なんですか?」
「ああそうだな」
「私はずっと屯所の中にいたからわからなかったんですけど、そんな事も原田さんたちの仕事なんですか? 京の治安を守るために昼も夜も街を巡回して、食い逃げを捕まえて?」
地味だ。
言外にそう言っているのが伝わったんだろう。原田さんは唇の端で笑いながら通りに目を走らせた。
「俺たちの仕事は京の治安を守る事だ。一言に治安を守るといっても、そりゃ、ピンからキリまで大小さまざまな仕事があるさ」
「で、具体的には」
「辻斬りや追剥はもちろん、食い逃げは捕まえるし、喧嘩も止める。商家を脅して金を奪おうとする奴らも、俺ら新選組が取り締まってるよ」
「へぇ」
池田屋のような大仕事って珍しい事なんだな。そうか。近藤さんたちがあんなに高揚して、屯所中が沸き立っていたのもそういう事だったんだ。
新選組なんて、きったはったの大仕事ばかりしているのかと思っていた。治安維持なんて言うと自衛隊の仕事みたいな感覚があったけど、どちらかというと地域の防犯パトロールとか、そうね、おまわりさんみたいな感じ?
おまわりさんと一番違っている事は、道案内をしないって事かなぁ。そもそも、京の人たちは私達を仲間扱いしてくれないから、おまわりさんのように身近な存在にはなれないし。
そう。巡察に出るようになって少しずつ分かってきたんだけど、京の人たちはあの池田屋事件があってからも、きっとその前からも、私達余所者にはよそよそしい。道をあけるのも、目を合わせないのも、単に私たちが怖いからではないようだと私も気付き始めていた。
それは、やっぱりいい気分じゃない。
っていうか、最近になってなんだか妙な視線も感じるようになったし・・・ 新撰組に同行する子供はやっぱり目立つのか興味を引くのか。なんにしても嫌な気分は倍増する。
私も彼らの真似をして、町行く人たちをよそよそしい視線で見渡すと、あれ? 道の先で見慣れた羽織姿の人が手を振っている。明るい空のような色の羽織に身を包んだ人達が、通りの真ん中に涼しげな塊を作っている。
「永倉さん!」
「よう、千鶴ちゃん。おやじさんの情報、なんか手に入ったか?」
思わず駆け寄っていくと、彼はいつもの明るい顔で問いかけてきた。悪びれない瞳が私を見下ろす。私はふるふると首を振る。
「今日は、」
今日も。
「まだ何も」
「・・・んな、暗い顔すんなって! 今日が駄目でも明日がある。そうだろ?」
ふふ。慰められるなぁ。
はい、と頷くと、彼はよく日に焼けた顔で笑いかけてくれた。
「で、新八。そっちはどうだ? 何か異常でもあったか」
「いんや何も。けど、やっぱり町人たちの様子がせわしねぇな」
私に追いついてきた原田さんが挨拶もなしに話し始めると、永倉さんも挨拶なしに通りへと視線を放った。
せわしない、か。
私も会話に参加する。
だけどもあの土方さんがそう簡単に許可をしてくれるものじゃないし、憶測だけどもサンナンさんが口添えをしてくれたのじゃないかと思う。でないと、私が地図と睨めっこをして頭を抱えていた事なんて誰も知らないはずだもの。
外に出られる機会が増えた事は素直に嬉しい。とはいえ、あの枡屋の騒動があるからあまりに度を外した行動は慎むように心がけていた。
そのせいもあるのかな。あの日以来、父様の消息はぱったりと聞かれなくなっていた。
今日の巡察は原田さんの十番組と一緒。彼や、あの日以来少しずつ私の存在を受け入れ始めてくれている隊士の皆さんとの何気ない会話は、父様の事でふさぎがちになる私の心を癒してくれていた。
「あの、原田さん。さっき皆さんが話していたんですけど、昨日は食い逃げを捕まえたって本当なんですか?」
「ああそうだな」
「私はずっと屯所の中にいたからわからなかったんですけど、そんな事も原田さんたちの仕事なんですか? 京の治安を守るために昼も夜も街を巡回して、食い逃げを捕まえて?」
地味だ。
言外にそう言っているのが伝わったんだろう。原田さんは唇の端で笑いながら通りに目を走らせた。
「俺たちの仕事は京の治安を守る事だ。一言に治安を守るといっても、そりゃ、ピンからキリまで大小さまざまな仕事があるさ」
「で、具体的には」
「辻斬りや追剥はもちろん、食い逃げは捕まえるし、喧嘩も止める。商家を脅して金を奪おうとする奴らも、俺ら新選組が取り締まってるよ」
「へぇ」
池田屋のような大仕事って珍しい事なんだな。そうか。近藤さんたちがあんなに高揚して、屯所中が沸き立っていたのもそういう事だったんだ。
新選組なんて、きったはったの大仕事ばかりしているのかと思っていた。治安維持なんて言うと自衛隊の仕事みたいな感覚があったけど、どちらかというと地域の防犯パトロールとか、そうね、おまわりさんみたいな感じ?
おまわりさんと一番違っている事は、道案内をしないって事かなぁ。そもそも、京の人たちは私達を仲間扱いしてくれないから、おまわりさんのように身近な存在にはなれないし。
そう。巡察に出るようになって少しずつ分かってきたんだけど、京の人たちはあの池田屋事件があってからも、きっとその前からも、私達余所者にはよそよそしい。道をあけるのも、目を合わせないのも、単に私たちが怖いからではないようだと私も気付き始めていた。
それは、やっぱりいい気分じゃない。
っていうか、最近になってなんだか妙な視線も感じるようになったし・・・ 新撰組に同行する子供はやっぱり目立つのか興味を引くのか。なんにしても嫌な気分は倍増する。
私も彼らの真似をして、町行く人たちをよそよそしい視線で見渡すと、あれ? 道の先で見慣れた羽織姿の人が手を振っている。明るい空のような色の羽織に身を包んだ人達が、通りの真ん中に涼しげな塊を作っている。
「永倉さん!」
「よう、千鶴ちゃん。おやじさんの情報、なんか手に入ったか?」
思わず駆け寄っていくと、彼はいつもの明るい顔で問いかけてきた。悪びれない瞳が私を見下ろす。私はふるふると首を振る。
「今日は、」
今日も。
「まだ何も」
「・・・んな、暗い顔すんなって! 今日が駄目でも明日がある。そうだろ?」
ふふ。慰められるなぁ。
はい、と頷くと、彼はよく日に焼けた顔で笑いかけてくれた。
「で、新八。そっちはどうだ? 何か異常でもあったか」
「いんや何も。けど、やっぱり町人たちの様子がせわしねぇな」
私に追いついてきた原田さんが挨拶もなしに話し始めると、永倉さんも挨拶なしに通りへと視線を放った。
せわしない、か。
私も会話に参加する。
更新日:2012-02-24 21:38:05