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 その後、私は血生臭い池田屋には向かわずに、山崎さんに連れられて屯所へと戻った。
 医者の娘である私に怪我人の手当ての手伝いをして欲しいという事だったけど、やっぱり池田屋がとんでもない惨状になっているのだろうから、見せないように気を使ってくれたんだと思う。

 怪我人はたくさん運ばれてきた。

 戸板で運ばれてきた平助くんは額を割られていてなかなか血が止まらなかった。だけど、意地っ張りな彼は大丈夫だと笑った。
 沖田さんも戸板で運ばれてきたけど、自分は大丈夫なのに周りが過保護すぎて、と苦笑を洩らしていた。
 どうやら胸に強打を受けて一時昏倒していたらしい。結核で血を吐いたんじゃなくて、怪我をして血を吐いたんだ。じゃあ、病気の方は心配しなくてもいいのかな。

 二人はとても浮かない顔をしていた。凱旋というには程遠い暗い瞳をしていた。ううん、暗いというのとはまた違って・・ そう、あの時、役人たちを止めた土方さんが瞳の奥に宿していた強い輝きを放つ炎のような力を、彼らの瞳にも感じた。
 いったい何があったのか、聞いていいものなら聞いてみたいと思ったけど、二人とも人を寄せ付けない雰囲気を持っていて、とてもじゃないけど尋ねられる状態じゃなかった。

 明るく元気いっぱいに帰ってきた永倉さんの左手に布がぐるぐる巻きになっているのを見たときはびっくりした。刀傷だった。泣きそうな顔をするなとたしなめられたけど、この時代、ろくに痛み止めもなくて消毒だって不完全な事を思うとちゃんとした治療を受けさせてやれない事が悔しくて悲しかった。

 他にも小さな傷を負った人はたくさんいた。
 私も外部から招かれたお医者さんを手伝って包帯を巻いてやったり膏薬を塗ってやったりしたけど、誰しも痛くて辛いのだろうに弱音ひとつ吐かなくて、笑っていて、その場は明るくて、それだけは救いだった。

 だけども、助からなかった人もいる。

 そして、助けられなかった人もいる。溢れ出る血を止めることが出来なくて、夜明けを待つ前にそのまま・・・
 私は、最後の時には外に出されたから見届ける事は出来なかったけど、彼の最後の悲鳴に似た断末魔の声は遠い部屋に居ても聞こえてきた。

 これが、もしも私が子供時代を過ごしたあの世界だったなら・・・ 救急車が来て、薬をたくさん使って、輸血とかして、きっと助かったんだろうと思う。考えても仕方ない事だと分かっているけど、やっぱりそんな事を考えずにはいられなかった。

 もしも私が向こうの世界でお医者さんの勉強をしていたら、血を止める事も出来ただろうか。そうしたら、彼も死なずにすんだんだろうか。止血のポイントっていうのがあったはずだ。そこを押さえれば、血を止めることが出来たはずなのに、私は何も知らない、何も出来ない。
 とても無力だった。

 申し訳ない気持ちが半分と、どうしようもないんだというあきらめの気持ちが半分。そして、それらを覆う敗北感・・・ それは倦怠感?
 なんだろう、なんだか、とっても満たされない気持ちに囚われる・・・

 この事件は新選組の圧勝で終わったはずだった。
 何人もの人を捕らえ、討ち取り、京に火を放つというとんでもない計画を阻止する事が出来たんだ。だけど、どれだけの勝利があったとしても、どれだけの誇らしい業績を積んだとしても、失ったものの事を考えると素直に喜べなかった。

 勝って、これだけ辛いんだから、これが負けていたならどれだけ辛かっただろう。これでもしも手柄を役人たちに奪われたりしていたら、新選組の彼らはどれだけ報われない思いをしたんだろう。

 色々と考えて眠れない一夜を過ごす。

 朝になっても疲れは残っているのに気が休まらなくて、私は怪我人の集まっている部屋で出来る事を探しながら、気を紛らせる事に一生懸命にならなくてはいけなかった。

更新日:2012-02-23 09:32:32

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