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元治元年六月 ~騒乱の都~
刺すように冷たかった風もいつしか柔らか味を帯び、空にはぼんやりとした靄がかかる。梅が終わり、桜の季節は見返す暇すらないまま過ぎ去ってゆき、私の狭い世界にも新緑が燃え立つような香りを放つ爽やかな季節がやってきた。
サンナンさんの怪我の具合は思わしくなく、そんなごたごたがあったせいもあって、結局のところ、私はまだ外に出してもらえていない。
振り返れば長い時間が過ぎていた。
だけども認めたくない事に、私はこの何もない、何も出来ない時間に慣れちゃったらしくて、一日一日と、毎日同じ時間を繰り返すのにさほど退屈を感じなくなっていたから恐ろしい。
とはいっても、父様を思う郷愁に似た思いも、早く会いたいと願う気持ちも変わらない。
私には父様しかいないのだから仕方ないけど、日々募っていく思いは重くて、だけども腕を負傷して以来、自ら屯所に引きこもりがちになっているサンナンさんを見ると我侭も言えなくて、気鬱になる事も多かった。
爽やかな季節なのに心は晴れやかになれなかった。
それから更に時が過ぎて、爽やかだった空気は、身体にまとわりつくような湿気と熱気に閉ざされるようになっていく。
庭に面した障子を全部開け放っていても風は通らず、着物の襟に滲み出るような汗を感じるようになったある日の事、何の前触れもなく、土方さんは私を呼び出した。
部屋まで迎えに来てくれた平助くんと一緒に彼の部屋へ行くと、そこには沖田さんもいた。
新選組副長土方歳三。
いろいろとあって。
ほんっとうに色んな事があって、彼への苦手意識は未だに消えない。
緊張に四肢が強張るのを感じながら、平助くんの後ろについて敷居を越え、微妙に彼の視線から逃れられる位置・・・平助くんの背中と、あの怖い顔が微妙に被さって見える位置を選んで座る。
そんな思いを知ってか知らずか、彼はいつもと同じように眉根に深い皺を刻みながら、吐き捨てるように言った。
「おまえに外出許可をくれてやる」
・・・え?
「市中を巡察する隊士に同行しろ。隊を束ねる組長の指示には必ず従え」
長い長い時間、期待しては果たされなかった思いだったから、これもまた夢かと返事が出来なかった。
夢だったら、期待した分、目覚めた時の落ち込みが半端無く辛いから。
その真意を探るように土方さんの目をじっと覗き込むと、冷たい炎と呼ぶのに等しい輝きがまっすぐに見返してきた。
しかし彼はすぐに呆れた声を出して、視線を逸らした。
「お前な、オレをどこかの詐欺師やペテン師と勘違いしちゃいねぇか。こんな事で人を騙すほどケツの穴の小せぇ人間じゃねぇよ」
そして、ぷっと吹き出す沖田さん。
振り返ってこっちを見る平助くんのきょとんとした視線を受けて、私は慌てて平伏した。
「ご、ごめんなさいっ。あんまり突然だったから動揺してしまって」
「動揺? 喰らい付くような眼をしやがって。言ってくれる」
「い、いえ、その。そんなつもりじゃ、わたし・・・」
つもりじゃない、とも言いたかったのに言い切れなくて言いよどむ。こんな時、自分の正直さが恨めしい。
やっぱり意地悪だこの人。
サンナンさんの怪我の具合は思わしくなく、そんなごたごたがあったせいもあって、結局のところ、私はまだ外に出してもらえていない。
振り返れば長い時間が過ぎていた。
だけども認めたくない事に、私はこの何もない、何も出来ない時間に慣れちゃったらしくて、一日一日と、毎日同じ時間を繰り返すのにさほど退屈を感じなくなっていたから恐ろしい。
とはいっても、父様を思う郷愁に似た思いも、早く会いたいと願う気持ちも変わらない。
私には父様しかいないのだから仕方ないけど、日々募っていく思いは重くて、だけども腕を負傷して以来、自ら屯所に引きこもりがちになっているサンナンさんを見ると我侭も言えなくて、気鬱になる事も多かった。
爽やかな季節なのに心は晴れやかになれなかった。
それから更に時が過ぎて、爽やかだった空気は、身体にまとわりつくような湿気と熱気に閉ざされるようになっていく。
庭に面した障子を全部開け放っていても風は通らず、着物の襟に滲み出るような汗を感じるようになったある日の事、何の前触れもなく、土方さんは私を呼び出した。
部屋まで迎えに来てくれた平助くんと一緒に彼の部屋へ行くと、そこには沖田さんもいた。
新選組副長土方歳三。
いろいろとあって。
ほんっとうに色んな事があって、彼への苦手意識は未だに消えない。
緊張に四肢が強張るのを感じながら、平助くんの後ろについて敷居を越え、微妙に彼の視線から逃れられる位置・・・平助くんの背中と、あの怖い顔が微妙に被さって見える位置を選んで座る。
そんな思いを知ってか知らずか、彼はいつもと同じように眉根に深い皺を刻みながら、吐き捨てるように言った。
「おまえに外出許可をくれてやる」
・・・え?
「市中を巡察する隊士に同行しろ。隊を束ねる組長の指示には必ず従え」
長い長い時間、期待しては果たされなかった思いだったから、これもまた夢かと返事が出来なかった。
夢だったら、期待した分、目覚めた時の落ち込みが半端無く辛いから。
その真意を探るように土方さんの目をじっと覗き込むと、冷たい炎と呼ぶのに等しい輝きがまっすぐに見返してきた。
しかし彼はすぐに呆れた声を出して、視線を逸らした。
「お前な、オレをどこかの詐欺師やペテン師と勘違いしちゃいねぇか。こんな事で人を騙すほどケツの穴の小せぇ人間じゃねぇよ」
そして、ぷっと吹き出す沖田さん。
振り返ってこっちを見る平助くんのきょとんとした視線を受けて、私は慌てて平伏した。
「ご、ごめんなさいっ。あんまり突然だったから動揺してしまって」
「動揺? 喰らい付くような眼をしやがって。言ってくれる」
「い、いえ、その。そんなつもりじゃ、わたし・・・」
つもりじゃない、とも言いたかったのに言い切れなくて言いよどむ。こんな時、自分の正直さが恨めしい。
やっぱり意地悪だこの人。
更新日:2012-02-24 21:20:22