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「ああ、うん。ほら、普通の新選組ってこう書くだろ? 新撰組はセンの字を手偏にして、」
「平助!!」
「っ!」
がつんと鈍い音が響いた。
突然、平助くんの小さな身体が宙に舞った。
びっくりして身体が竦んでしまって、悲鳴ひとつ上げられない私。その目の前で、その小さな身体は底冷えのする地面に叩きつけられて、冷たい土埃を巻き上げた。
青い顔をした原田さんが、その向こうに立ち尽くしていた。
「いってぇ・・・」
その声を聞いて私はやっと時間を取り戻し、平助くんの元に駆けつける。
「だ、大丈夫、平助くん・・・?」
やおら上体を起こそうとする彼に手を差し伸べて支えてやる。ぺっと唾を吐き出すと、赤い物は混じっていたものの、歯を折ったりしていない事に安堵した。
永倉さんが呆れたように息を吐いて頭をかきながら、視線を私に移した。
「やりすぎだぞ左之。平助も。こいつの事を考えてやってくれ」
「・・・・・・」
こいつ・・・
わたし?
そうか、私なんだ・・・
私が触れちゃいけない秘密がここにはある。近藤局長とか、みんなの優しさに触れて忘れがちになっていたけれど、それは消し去る事のできない現実として、私と彼らとの間に溝を作っていた。
それは分っていたはずなのに、私、考える事を忘れていたようだ。見ざる言わざる聞かざる。権現様の教えを忘れていた。
駄目だなぁ。
ごめんなさい、と項垂れると、同じ高さにある平助くんの顔が紅潮した。
「なんで千鶴が謝るんだよっ」
「だって。私」
「だ、だからやめろって。悪いのはオレなんだからさぁ。だからぁ、うっかりなのは俺らの担当なの! 左之さんの手が早いのもいつもの事だし、お前は気にすんなって!」
そうして、彼が救いを求めるような視線をさまよわせると、
「わ、悪かった」
横を向いたままの原田さんの小さな声が――
それから、私の腕を取って、冷たい地面から立ち上がらせてくれる逞しく、暖かい手があった。
永倉さんだ。
「千鶴ちゃんよ。今の話は、君に聞かせられるぎりぎりのところだ。これ以上の事は教えられねえんだ。気になるだろうけど、何も聞かないで欲しい」
そして、厳しい表情とは裏腹の優しいしぐさで、私の頭をぽんぽんと叩いた。
それは私の命に関わる問題だった。わかっています、と答えると、その素直な返答を気に入ってくれたのか、彼のこわばった表情が緩んだ。
「お前は何も気にしなくていい。だから、そんな顔をするんじゃねぇよ」
「はい」
と、
「・・・平助の言う新撰組っていうのは、可哀想な子たちのことだよ」
風に乗って散ってしまいそうな潜められた声に振り返ると、この京の冬のように底冷えするほど暗い色の瞳をした沖田さんが、渡る風を見据えんとするような鋭い視線を空に向けていた。
その瞳は、私の胸の内にざわつく不安をあおるのに十分な不穏さを内包していた。
「平助!!」
「っ!」
がつんと鈍い音が響いた。
突然、平助くんの小さな身体が宙に舞った。
びっくりして身体が竦んでしまって、悲鳴ひとつ上げられない私。その目の前で、その小さな身体は底冷えのする地面に叩きつけられて、冷たい土埃を巻き上げた。
青い顔をした原田さんが、その向こうに立ち尽くしていた。
「いってぇ・・・」
その声を聞いて私はやっと時間を取り戻し、平助くんの元に駆けつける。
「だ、大丈夫、平助くん・・・?」
やおら上体を起こそうとする彼に手を差し伸べて支えてやる。ぺっと唾を吐き出すと、赤い物は混じっていたものの、歯を折ったりしていない事に安堵した。
永倉さんが呆れたように息を吐いて頭をかきながら、視線を私に移した。
「やりすぎだぞ左之。平助も。こいつの事を考えてやってくれ」
「・・・・・・」
こいつ・・・
わたし?
そうか、私なんだ・・・
私が触れちゃいけない秘密がここにはある。近藤局長とか、みんなの優しさに触れて忘れがちになっていたけれど、それは消し去る事のできない現実として、私と彼らとの間に溝を作っていた。
それは分っていたはずなのに、私、考える事を忘れていたようだ。見ざる言わざる聞かざる。権現様の教えを忘れていた。
駄目だなぁ。
ごめんなさい、と項垂れると、同じ高さにある平助くんの顔が紅潮した。
「なんで千鶴が謝るんだよっ」
「だって。私」
「だ、だからやめろって。悪いのはオレなんだからさぁ。だからぁ、うっかりなのは俺らの担当なの! 左之さんの手が早いのもいつもの事だし、お前は気にすんなって!」
そうして、彼が救いを求めるような視線をさまよわせると、
「わ、悪かった」
横を向いたままの原田さんの小さな声が――
それから、私の腕を取って、冷たい地面から立ち上がらせてくれる逞しく、暖かい手があった。
永倉さんだ。
「千鶴ちゃんよ。今の話は、君に聞かせられるぎりぎりのところだ。これ以上の事は教えられねえんだ。気になるだろうけど、何も聞かないで欲しい」
そして、厳しい表情とは裏腹の優しいしぐさで、私の頭をぽんぽんと叩いた。
それは私の命に関わる問題だった。わかっています、と答えると、その素直な返答を気に入ってくれたのか、彼のこわばった表情が緩んだ。
「お前は何も気にしなくていい。だから、そんな顔をするんじゃねぇよ」
「はい」
と、
「・・・平助の言う新撰組っていうのは、可哀想な子たちのことだよ」
風に乗って散ってしまいそうな潜められた声に振り返ると、この京の冬のように底冷えするほど暗い色の瞳をした沖田さんが、渡る風を見据えんとするような鋭い視線を空に向けていた。
その瞳は、私の胸の内にざわつく不安をあおるのに十分な不穏さを内包していた。
更新日:2012-02-15 14:53:43