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文久四年一月 ~壬生狼~
あの日の夜、彼らは私に着物と袴を与えた。屯所では、あくまで 男として行動してもらいたいとのことだった。
土方歳三。新選組の鬼副長と呼ばれる男は鷹のように鋭い瞳で静かに語った。
「改めて言うが、お前の身柄は新選組預かりとする。が、女として屯所に置くわけにゃいかねぇ。新選組にかくまわれている女がいると知れりゃ世間の妙な関心を引いちまう。それだけならまだしも、少しでも内情の知るものは何故そうなったのか、探りを入れるだろう。もしも綱道さんの娘がいると知れりゃ、狙われる可能性も出てくるだろうし、面倒になる」
「私を囮に出来ませんか。私がいると公表したら、もしかしたら父様にかかわりのある人が姿を現すかもしれません」
「それを捕縛するのか。その為に、常時何人をお前に張り付かせなけりゃならねぇんだ。一度公表しちまえば取り消すことは出来ねぇ。面倒になったから、もしくは、今は手薄だから、襲撃を勘弁してくれねぇかと言うわけにもいかねぇ。残念だが現実的じゃねぇな」
「自分の身は自分で守ります」
「おまえがか」
昨夜、斬り合いを前にして腰を抜かしていたお前がか。言外の言葉を聞いた気がして、それ以上言えなくなる。
「お前には男装を続けてもらう。いいな。面倒だろうが辛抱してくれ」
嫌も応もなく、決まっている事だ。彼は確認しているに過ぎない。私は頷くしかない。
しゅんとした私を見て哀れみを感じたのか、柔らかい口調のサンナンさんの声がした。
「たとえ君にその気が無くとも、女性の存在は隊内の風紀を乱しかねませんしね。ですから私たち幹部のほか、隊士たちへも君の事情は話しません」
「御迷惑をお掛けします」
土方には視線をくれず、私はサンナンさんにぺこりと頭を下げた。
「私に出来る事があればなんでも手伝いをします。父様・・・父を探す事ももちろん」
サンナンさんはにこりと笑って返す。だけども返事は隣に座る土方から聞こえてきた。それも、突き放すような言い方だった。
「屯所では何もしなくていい。部屋をひとつやるから引きこもってろ」
「でも、」
「あれ? おかしいなぁ」
横槍をさす言葉に言いたい事を呑み込んで視線を横に動かすと、雀色の着物に身を包んだ男の人、沖田総司が始めて会った時と変わらない含みある笑顔を浮かべていた。
「この子、誰かさんの小姓になるんじゃなかったですか?」
土方の顔が目に見えて引きつる。
「いいか総司。てめぇは余計な口出しせずに黙ってろ」
誰が誰のお小姓って?
同感ですっ。この時ばかりはためらいなくその言葉に同意した。
それから、彼は井上さんが差し出した着物を手に取り、これに着替えろと手渡してくれた。着物と袴。男物の着物だけじゃなく袴まで渡したのはその方が男らしく見えるから。かと思ったら、違っていた。次に彼が差し出したものを見て、私はひどく心を動かされた。
黒塗りの鞘に控えめな金の細工。黒い柄巻に、見たことのない素材で作られた赤い目抜き。そして朱の組紐。黒に散りばめられた赤が映えるそれは、私が父様から預かった大切な小太刀だった。
「男たるもの腰に差し物がなくては締まらない。お前もこいつを常に身につけ、男であることを自覚しながら生活しろ」
彼の言葉なんか耳に入らず、高鳴る動悸を抑えながら小太刀を手にした。雪村家に伝わる大切な物だけれども、それよりも、私はただこの小太刀に触れる事が嬉しかった。
胸に抱いてぎゅっと力を込めると、小太刀も喜んでいるような気がする。私、色んなことがありすぎて気がおかしくなったんじゃないだろうか。ただただ嬉しくて、その後、土方たちと何を話したのかもよく覚えていなかった。
そうして私は男物の着物に身を包み、袴をはいて、小太刀を腰に差した格好で過ごす事になる。
元の世界では男勝りだった私の事、男装は全く気にならないけれども、袴に刀なんてまるで侍みたいだと我ながらおかしくなった。
平成生まれの私が幕末の京都で侍の格好をしているなんて何の冗談かと思う。ほんと。
だけども現実は、笑い話にもならないものだった。
土方歳三。新選組の鬼副長と呼ばれる男は鷹のように鋭い瞳で静かに語った。
「改めて言うが、お前の身柄は新選組預かりとする。が、女として屯所に置くわけにゃいかねぇ。新選組にかくまわれている女がいると知れりゃ世間の妙な関心を引いちまう。それだけならまだしも、少しでも内情の知るものは何故そうなったのか、探りを入れるだろう。もしも綱道さんの娘がいると知れりゃ、狙われる可能性も出てくるだろうし、面倒になる」
「私を囮に出来ませんか。私がいると公表したら、もしかしたら父様にかかわりのある人が姿を現すかもしれません」
「それを捕縛するのか。その為に、常時何人をお前に張り付かせなけりゃならねぇんだ。一度公表しちまえば取り消すことは出来ねぇ。面倒になったから、もしくは、今は手薄だから、襲撃を勘弁してくれねぇかと言うわけにもいかねぇ。残念だが現実的じゃねぇな」
「自分の身は自分で守ります」
「おまえがか」
昨夜、斬り合いを前にして腰を抜かしていたお前がか。言外の言葉を聞いた気がして、それ以上言えなくなる。
「お前には男装を続けてもらう。いいな。面倒だろうが辛抱してくれ」
嫌も応もなく、決まっている事だ。彼は確認しているに過ぎない。私は頷くしかない。
しゅんとした私を見て哀れみを感じたのか、柔らかい口調のサンナンさんの声がした。
「たとえ君にその気が無くとも、女性の存在は隊内の風紀を乱しかねませんしね。ですから私たち幹部のほか、隊士たちへも君の事情は話しません」
「御迷惑をお掛けします」
土方には視線をくれず、私はサンナンさんにぺこりと頭を下げた。
「私に出来る事があればなんでも手伝いをします。父様・・・父を探す事ももちろん」
サンナンさんはにこりと笑って返す。だけども返事は隣に座る土方から聞こえてきた。それも、突き放すような言い方だった。
「屯所では何もしなくていい。部屋をひとつやるから引きこもってろ」
「でも、」
「あれ? おかしいなぁ」
横槍をさす言葉に言いたい事を呑み込んで視線を横に動かすと、雀色の着物に身を包んだ男の人、沖田総司が始めて会った時と変わらない含みある笑顔を浮かべていた。
「この子、誰かさんの小姓になるんじゃなかったですか?」
土方の顔が目に見えて引きつる。
「いいか総司。てめぇは余計な口出しせずに黙ってろ」
誰が誰のお小姓って?
同感ですっ。この時ばかりはためらいなくその言葉に同意した。
それから、彼は井上さんが差し出した着物を手に取り、これに着替えろと手渡してくれた。着物と袴。男物の着物だけじゃなく袴まで渡したのはその方が男らしく見えるから。かと思ったら、違っていた。次に彼が差し出したものを見て、私はひどく心を動かされた。
黒塗りの鞘に控えめな金の細工。黒い柄巻に、見たことのない素材で作られた赤い目抜き。そして朱の組紐。黒に散りばめられた赤が映えるそれは、私が父様から預かった大切な小太刀だった。
「男たるもの腰に差し物がなくては締まらない。お前もこいつを常に身につけ、男であることを自覚しながら生活しろ」
彼の言葉なんか耳に入らず、高鳴る動悸を抑えながら小太刀を手にした。雪村家に伝わる大切な物だけれども、それよりも、私はただこの小太刀に触れる事が嬉しかった。
胸に抱いてぎゅっと力を込めると、小太刀も喜んでいるような気がする。私、色んなことがありすぎて気がおかしくなったんじゃないだろうか。ただただ嬉しくて、その後、土方たちと何を話したのかもよく覚えていなかった。
そうして私は男物の着物に身を包み、袴をはいて、小太刀を腰に差した格好で過ごす事になる。
元の世界では男勝りだった私の事、男装は全く気にならないけれども、袴に刀なんてまるで侍みたいだと我ながらおかしくなった。
平成生まれの私が幕末の京都で侍の格好をしているなんて何の冗談かと思う。ほんと。
だけども現実は、笑い話にもならないものだった。
更新日:2012-02-11 20:45:33