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第三部 慶応三年三月 ~ 道 trail ~
季節は廻り、京で迎える何度目かの春。
水は緩み、桜は咲き、町も心なしか華やいだ雰囲気に包まれているみたい。そんな通りを歩く私の足取りも軽く、雰囲気に流されやすい自分の性格を改めて感じたりしている。
「千鶴ちゃん、どこか行くあてがあるわけじゃないし、そんなに急がなくてもいいからね」
・・・沖田さんが苦笑する。
そうでした。今は巡察中。
皆さんの足並みを乱したり、浮ついた顔をしていたりしては泣く子も黙る新選組のイメージを崩してしまって迷惑を掛けてしまう。
何だか恥ずかしくなって立ち止まると、他の隊士の皆さんが笑いながら側を通り抜けていった。その笑い声が暖かくて、私もまた笑みをこぼしてしまう。
やれやれ、と肩をすくめる沖田さんを追って、私もまた歩き始めた。
「そう言えば、伊東さんはもう畿内から戻って来ているんですか?」
「そうみたいだね。帰ってこなくても、一向に構わなかったんだけど」
「同志を募りに行かれたって聞いていますけど」
「って、話だね。だけどあの人、果たしてどこまで行ってきたのかなぁ」
どこまでって・・・
いまひとつニュアンスが伝わりにくくて口をつぐむ。
どこまでって、畿内じゃないの? それとももっと遠くとか、お仕事をさぼって近場で遊んでいたとか?
?
難しい顔をして黙り込んでしまうと、沖田さんは返答を待つのも面倒だと言わんばかりに、あーあ、と、あくびのような声を洩らした。
「近藤さんは優しいからなぁ。伊東さんなんて、早く斬っちゃえばいいのに」
「えっ」
ちょ、ちょっと。
いくら沖田さんだって、こんなにも公然と参謀の事を斬るだの物騒な事を言っちゃまずいんじゃ。
びっくりして声が洩れちゃう。だけどさすがに一番隊の皆さんは隊長の扱いにもなれたもの。聞かないふりをしてくれている。
わ、私も皆さんと同じように聞かなかった事にしなくちゃ。どぎまぎしながらも視線を逸らすと、
「そういえば千鶴ちゃんってさ、」
知らんぷりを許してくれない沖田さんの声が頭上から降ってきた。
「伊東さんと仲がいいよね」
「えっ!?」
「いつ頃からかなぁ。警戒がほどけてお互いに距離がぐっと縮んだ感じ。何があったのか知らないけど?」
「・・・・・・・・・」
さ、さすが沖田さん。周りの事をよく観察してらっしゃる。
だけどこれは・・・
ええと、正直に話したほうがいいのかな、伊東さんと二人でお話をして、江戸の話題で盛り上がったあの中庭での出来事を。
だけどよりによって伊東さんを斬りたいとたった今宣言したばっかりの人だよ。その人に、あなたが斬りたいという人と話をして好感を抱きました、なんて言えない・・・よね、やっぱり。
ああ。
なんでこの人には私、いっつもあぶら汗・・・
どぎまぎを深めながら、我ながら怪しいと思うくらいに視線を不自然に逸らしながら聞こえないふり・・・
その時の事だった。
視界に中に、ねずみ色の町に華やかに咲く桜色の着物を身にまとう女性の姿が目に飛び込んできて、どきんと心臓が跳ね上がった。
そう、あれは私に良く似ているという女性の姿。
薫さん。
南雲、薫さん。
秋の夜、原田さんのお仕事の邪魔をした可能性を持つ疑惑の人でもある。その人が今まさに向こうの辻を曲がって姿を消した。
あ、と思った時には私、もう彼女の消えた通りを目指して駆け出していた。
季節は廻り、京で迎える何度目かの春。
水は緩み、桜は咲き、町も心なしか華やいだ雰囲気に包まれているみたい。そんな通りを歩く私の足取りも軽く、雰囲気に流されやすい自分の性格を改めて感じたりしている。
「千鶴ちゃん、どこか行くあてがあるわけじゃないし、そんなに急がなくてもいいからね」
・・・沖田さんが苦笑する。
そうでした。今は巡察中。
皆さんの足並みを乱したり、浮ついた顔をしていたりしては泣く子も黙る新選組のイメージを崩してしまって迷惑を掛けてしまう。
何だか恥ずかしくなって立ち止まると、他の隊士の皆さんが笑いながら側を通り抜けていった。その笑い声が暖かくて、私もまた笑みをこぼしてしまう。
やれやれ、と肩をすくめる沖田さんを追って、私もまた歩き始めた。
「そう言えば、伊東さんはもう畿内から戻って来ているんですか?」
「そうみたいだね。帰ってこなくても、一向に構わなかったんだけど」
「同志を募りに行かれたって聞いていますけど」
「って、話だね。だけどあの人、果たしてどこまで行ってきたのかなぁ」
どこまでって・・・
いまひとつニュアンスが伝わりにくくて口をつぐむ。
どこまでって、畿内じゃないの? それとももっと遠くとか、お仕事をさぼって近場で遊んでいたとか?
?
難しい顔をして黙り込んでしまうと、沖田さんは返答を待つのも面倒だと言わんばかりに、あーあ、と、あくびのような声を洩らした。
「近藤さんは優しいからなぁ。伊東さんなんて、早く斬っちゃえばいいのに」
「えっ」
ちょ、ちょっと。
いくら沖田さんだって、こんなにも公然と参謀の事を斬るだの物騒な事を言っちゃまずいんじゃ。
びっくりして声が洩れちゃう。だけどさすがに一番隊の皆さんは隊長の扱いにもなれたもの。聞かないふりをしてくれている。
わ、私も皆さんと同じように聞かなかった事にしなくちゃ。どぎまぎしながらも視線を逸らすと、
「そういえば千鶴ちゃんってさ、」
知らんぷりを許してくれない沖田さんの声が頭上から降ってきた。
「伊東さんと仲がいいよね」
「えっ!?」
「いつ頃からかなぁ。警戒がほどけてお互いに距離がぐっと縮んだ感じ。何があったのか知らないけど?」
「・・・・・・・・・」
さ、さすが沖田さん。周りの事をよく観察してらっしゃる。
だけどこれは・・・
ええと、正直に話したほうがいいのかな、伊東さんと二人でお話をして、江戸の話題で盛り上がったあの中庭での出来事を。
だけどよりによって伊東さんを斬りたいとたった今宣言したばっかりの人だよ。その人に、あなたが斬りたいという人と話をして好感を抱きました、なんて言えない・・・よね、やっぱり。
ああ。
なんでこの人には私、いっつもあぶら汗・・・
どぎまぎを深めながら、我ながら怪しいと思うくらいに視線を不自然に逸らしながら聞こえないふり・・・
その時の事だった。
視界に中に、ねずみ色の町に華やかに咲く桜色の着物を身にまとう女性の姿が目に飛び込んできて、どきんと心臓が跳ね上がった。
そう、あれは私に良く似ているという女性の姿。
薫さん。
南雲、薫さん。
秋の夜、原田さんのお仕事の邪魔をした可能性を持つ疑惑の人でもある。その人が今まさに向こうの辻を曲がって姿を消した。
あ、と思った時には私、もう彼女の消えた通りを目指して駆け出していた。
更新日:2012-09-12 13:59:40