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べっぴんさん

挿絵 212*282

海辺のちいさなこの町に秋雨がしずかに降りはじめる頃、華子は僕と絹子の部屋にやってきた。
そして、一カ月あまりたった秋晴れの今日、世田谷の九品仏の自分の家に帰っていった。
来たときと同じように父親である紘一郎に連れられて帰っていった。

手を繋いで部屋を出るふたりを見送った僕は、今、病院にいて、地上はるか十一階の高みにある産科病棟の病室から、気ぜわしく色を落としていく薄暮の空を眺めている。

この大学病院は何年か前に建て替えられたのだが、この場所で僕と弟は生まれた。そしてここで母は死んだ。

「とうさんは先生と大事な話があるから、時生は明生を連れて外で遊んでなさい」

そんな言葉が記憶の底にある。昼間なのにあたりはなんだか薄暗くて、差し込む光を受けてそこだけが銀色の川のように光る病院の廊下を、弟の手を引きうつむいて歩いたのはいつのことだったろう。

今でも僕の中には、茶色くくすんだあの古い病棟が建っていて、太い窓枠にはめ込まれた少しでこぼこしたガラスの向こう側に母が眠っている。

病院は、今では清潔で明るく、全てがシステマティックに変わった。どこか無機質な空間になり、幼い僕たち兄弟が通っていたころの薄暗さやつれたような面影はほとんどない。

大きな窓が切り取る景色もずいぶん変わったが、駐車場に残る大きなメアセコイアの木は今も昔も変わらぬ佇まいで天を目指して伸びている。

ここを訪れるひとに差し出されたたくさんの腕のようなその枝が、暗い海底で揺れる海藻のように大きく風になびくさまに視線を移しながら、僕は華子を巡って伸びたり縮んだりする記憶を探っている。

「華ちゃん、今日も夜幕おじさんが幕を引きに来たよ」 

ここにはいない華子に呼びかけてみる。

それを聞いたらきっと華子はクスッと笑って、時生さん、そんなことおぼえてたの、というだろう。そしたら僕は、そんなことだけおぼえてるのさ、と答えよう。

    
秋雨の晴れ間を待って華子を交えた僕ら三人は「引き込み運河の道」をよく歩いた。

僕が生まれ育ったこの町のいろんな場所に、絹子は赤毛のアンのように自分だけの名前をつけて呼ぶ。

「剣呑小路」だとか「たたら坂」だとか「つるかめ通り」なんてのもある。 

その名を聞くたびに華子が反応して「どうしてそんな名前なの?」と由来を訊いたが、絹子はニヤっとして小首をかしげ、ふくみ笑いをして「さてね」と答えるのだった。

堤防に咲く花の名を華子がたずねると、絹子はきちんと答えた。

コスモス、キキョウ、ケイトウ、アザミ、ワレモコウ……。

知らない花に出くわすと、雑草という植物はないのよ、と言いながら、即興で呼び名をつけた。

「にょろにょろもどき」だの「鼠花火草」だの、理科のテストではペケだが、妙に説得力のある名前を冠した。

更新日:2009-01-18 02:11:29

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