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何日か前、華子と絹子は「雑木林」へ行った。その日の夕刻、カンさんから電話があり、時生が応対した。  

「はい……あ、今日はどうも。ふたりがなんだかすごく長居しちゃったそうで、申し訳なかったです。……はい、はい……えっ、そうなんですか、ああ、よかったなあ。カンさんのおかげです。ありがとうございます」

 時生の表情がやわらかくなっていき、ここにはいないカンさんに何度もお辞儀をする。

「……えっ? ああ。志津さんが?……はい……はい……あ、それはうれしいなあ……ええ、うかがいます。日曜日の昼ですね。カンさんもいっしょでしょう? ……それはよかった。はい、それじゃあ、そのときに……」

 電話を切った時生の表情が明るい。ジーンズの後ろポケットに両手をつっこんでゆっくりと夕食の準備をする絹子のそばに寄ってくる。

「あのさ、カンさんがいうには、さっき、絹子が寝ているあいだに華ちゃんとふたりでプリン食べたんだってさ」

「へー、そうなの? なんか嘘みたい」

「『華子さんは、するんするん、っておいしそうに食べていましたよって、弾んだ声で言うんだ。華子がいる時に言うと意識させちゃうかと思って黙ってたらしいよ……しかし、さすがカンさんだな」

「そうねえ。ほんとによかった。これで少し安心ね」
「でも、このあともあせらず、ぼちぼちいこうな。理子ちゃんとのこともあるしな」

 その日、「雑木林」でカンさんと華子が話していた話の内容はほとんど時生には告げなかったが、華子が理子に言われた言葉だけは正確に伝えておいた。

「うん。ふたごが生まれたら、また何かが変わるかもしれないし」

「ああ。……あ、それから、絹子たちが帰ったすぐあとに志津さんが来たんだって。お祭りのご馳走をみんなで食べにおいでって、僕たちを招待してくれたそうなんだよ」

「まあ、うれしい。華子も連れて行きましょう」
「ああ、そうしよう。けど……僕は……ちょっと怖いような気もする……」

 時生は生まれ育ったこの町に再び戻ってきてから、ふたりを訪ねていない。

あんなにお世話になったのに、と不義理を咎められたら返す言葉がないと時生は言う。

視線をそらした時生の横顔を見つめながら、絹子は時生の気持ちを追う。

訪ねてしまったら純一がもうどこにもいないことを確かにしてしまう。行きつ戻りつしてどこにもたどり着けない思いを持て余し、視線をそらすように先延ばしにしているあいだに日々は重なっていき、その過ぎてしまった日の長さがまた行けない理由になったのにちがいない。

更新日:2009-01-17 07:48:05

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