• 22 / 97 ページ
不安な夜は、傍らに眠る時生の手を取る。

時生の手にはたくさんの傷跡がある。養護学校の生徒たちの言葉にならない思いをそんなかたちで受け取ることがあるのだという。

「ほら、アニメでおびえたキツネリスが噛み付くシーンがあっただろう? あれと同じなんだ。いつかこれがぼくの勲章になるとおもうよ」
と時生は笑って言った。

その手をおなかに乗せる。そして時生の深く静かな寝息のリズムに合わせて呼吸ずる。すると自分もふたごも時生の健全な呼吸と同じリズムで生きているような、その脈拍の力強いリズムに守られているような気がして、気持ちが楽になる。

「そうだよね。時生さんて、ラクダみたいだから、わたしも好きよ」
 なにげない声で華子が告げる。

「ふふ、そーう? でも何でラクダなの? まあ目の感じが似てなくもないかなあ」
「うーん、どういえばいいのかわかんないけど、かわいくないけど、砂漠で砂嵐がきてもなんか時生さんがいると安心できるような気がする」

「ふふ、じゃ時生さんに、華子がそう言ってたって、言っとくわ」
「やだー、言わないでー」
「言っとくー」
「もう、絹子さんの意地悪」

 唇をとがらせて文句をいう顔は普段のこどもっぽい顔だ。おかっぱにした髪が揺れる。

「あっ!」
「どうしたの。おなか痛いの?」
「ふふ、……ふたごが動いてるの」

それを聞いて華子があわてて絹子のそばにきておなかに手を当てる。
答えるようにふたごが動く。手足の動きの振動が伝わってくる。

「あ、ほんとだ。すごーい。元気ね」
「うん、あのね、このこたち、こっちのこと、なんでもわかってるのよ。華子のこともよ」

 華子は困ったような顔をする。自分の身を御しかねている今の華子のことをわかっているといわれて、とまどっているのかもしれない。おずおずと華子が聞く。

「ね、おなかに耳あててもいい?」
「もちろん」
 腰掛けた絹子の前に立って華子がおそるおそる耳を寄せる。四つのいのちが繋がる。

華子は一瞬大きく目を見開き、しばらくして静かに目をつぶる。なにかしらを深く聞き入っている。だんだん表情がおだやかになっていくのがわかる。

だれのとも分からない鼓動がメトロノームのように時を刻む。四人がふんわりとあたたかなものにつつまれているような気がしてくる。

 ゆっくりと顔を上げた華子は少し赤らんだ頬をして、長い夢から覚めたように深い息をつく。

「絹子さん、この子たちに早く会いたいね」
「そうね、早く会いたいわ。この子たち、華子になんか言ってた?」
「うん」
「どんなこと?」
「……だいじょうぶだって……」
「そう、よかったわね。それで華子はどう思ったの?」
「なんかすごくうれしかったの……」

 そういうと華子は絹子の首に手を回し、頬を寄せた。気がつくと、華子は静かに泣き始めていた。

そして、なにかしらの封印がとけたように次第に泣き声が大きくなっていく。

更新日:2009-01-17 02:29:54

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook