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 バルコニーのヘリに手をかけると、後ろから追いついた彼があたしを抱き上げ、あたしを手すりに座らせた。

 ネフェルティティはまだバルコニーの端っこでまるくなって寝ている。あたしの思った通りだ。

 本当はネフェルティティのことはただの口実でユーリと二人で誰にも邪魔されない場所に来たかっただけだ。

「まだ、寝てたわ」

「そのようだね」
 彼女を起こさないように二人ともひそひそ声で話す。

 彼はあたしの前に立ち、あたしを力強く抱きしめた。

 彼もきっとあたしと同じ気持ちだったに違いない。

「ようやく、僕だけのサラに戻った」
 彼が、子供みたいなことをいうので、笑ってしまった。

 すると彼はあたしの耳元に顔を近づけ、また、あのときの、あたしの知らない国の言葉を囁いた。
 
 リアナが教えてくれた意味を思い出し、真っ赤になったあたしの顔を見て、ユーリが眉を上げる。

 そしてすぐ片手を自分の顔に当て、
「くそっ、リアナめ」と顔をしかめた。


「いつだって、そうなのに」
 彼の胸に頬をつけたまま彼を見上げる。

「違うよ、今日はみんなの王女様だ」
 ユーリがくすっと笑う。
「これから、その機会はもっと多くなる。君はそうならなきゃいけない」

「やだな、そんな言い方、なんかさみしいよ」

「いつもそばにいるのに?」

「そうだけど……ユーリ、いやじゃないの?」

「嫌じゃないよ。幸い王女様を守るのは僕の公務でもあるし。必ず僕だけのサラに戻るってわかってるし」
 
 あたしの髪を梳きながらあたしを上に向かせる。

 あたしは彼のどこまでも深いアメジストの瞳にとらえられ、息が出来なくなる。

「そうしたら、こうしてずっと君を独占できるわけだし」

 彼がゆっくり、ゆっくりあたしに近づく。

 あたしのすべての神経が彼の吐息を感じるために集中する。

 早く彼に触れたくて、切ない気持ちが溢れだす。

 彼の首筋から頬に指を沿わせると、彼が震える息を短く吐いて笑った。

 そして、一度だけそっと唇を合わせ、また離れた。
 目をつむっていても唇が触れるか触れないかのところで彼の吐息を感じる。

 こらえきれない切なさを感じ、目を開けてすがるような気持ちで彼を見上げると、彼は満足げに微笑んだ。

 そして、あたしの耳元に唇を寄せ、小さく囁く。


   ――その表情(かお)をさせたかったんだ


 聞こえるか聞こえないかくらいの小さく、甘い囁き。

「やっ……なん……?」
 不意打ちを食らって一気に顔が赤くなる。

「僕のことが好きでたまらないっていう顔」
 クスクス笑いながら耳元にキスした。

――い……いじわる……。

 力無く彼の胸にもたれかかり、乱れすぎた鼓動が鎮まるのを待つ。

――そんなの……今さらでしょ……。

 いじわるのお返しに、上を向かせようとするユーリに思いっきり抵抗した。

 すると、彼はあたしの首筋にくちづけた。

「……!!」
 心臓が跳ね上がり、思わず彼にしがみつく。

 彼の唇はそのまま、うっすら白く残る肩の刀傷を這って、ゆっくり鎖骨へと降りていく。


 あたしは、ただひたすら彼の服を握りしめ、息を吸う方法を思い出そうとしていた。

 彼は、鎖骨を通り過ぎたところで止まり、ゆっくりと唇を離してあたしをみつめた。

 あたしは、真っ赤になりながらも、彼にあまりにもドキドキさせられてしまう自分がくやしくて、彼の眼につかまらないようにすぐ視線を離し、下を向いて頬を膨らませた。

 ユーリはぷっと笑いながらあたしをひょいと抱き上げ、あたしを下からいたずらっぽい眼差しで見上げる。

 あたしの仕返しは簡単に破られ、あたしはまた彼の瞳に捕えられてしまった。

 
 軽い眩暈とともに、彼に引き寄せられていく。


更新日:2013-08-21 11:19:40

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