- 32 / 862 ページ
企てと再会
気づけば冬を迎えていた。
英語もスペイン語も大分覚え、自分の周りの環境に慣れ始めた頃のこと。
教室に入ると、アイトールがいつもより嬉しそうにそわそわとしているのに気付いた。
「どうしたの?」
声を掛けた瞬間、彼はパッと花が咲いたような笑顔で即座に振り向いた。
「今日新しい生徒が来るよ」
「へー、どこから?」
「フランスだよ! 俺の親戚なんだ」
「そうなの?!」
「あいつがこっちに来るって言うから俺も来たのに、あいつの方が後れて来るんだよ? 遅すぎるんだって全く!」
文句を口にしながらも、頬を上気させ、全身を小刻みに震わせる姿から、心底喜んでるのが伝わってきて思わず私も笑顔になる。
その時ドアが開く音がした。
二人同時にそちらを振り返ったが入ってきたのは先生で、がっかりと肩を落とす。
「蝶々とアイトール! 何よ、その顔は! そんな顔するんだったらまだベルまで三分はあるけど授業始めちゃうわよ」
二人で慌てて謝ると先生はおかしそうに笑う。彼女が言うと冗談が冗談に聞こえないのだと、確保されたらしい三分間の自由に心の中でハレルヤを歌う。
「そうだ、今日新しい子くるわよ。英語も結構話せるみたいだし、よかったわね」
普段みんなとのスペイン語での会話に躍起になっている私を思ってか、先生はパチリとウインクをする。
「アイトールが嬉しそう!」
「同じ欧州の子だもんね!」
私以上に楽しみにしている人間を指さしたが、どうやら先生は転入生とアイトールの関係性を知らないらしい。彼女は少し違う理由を思い浮かべたまま満足げに頷くと授業の準備を始めた。
転入してくるフランス人について詳しいことを聞き出そうとアイトールをつついていると、始業のベルが鳴った。
授業が始まり数分後、静かに開いた教室のドア。
まず目に入ったのは金色に輝く髪。そしてどこかで見たことのある気がする顔。
隣に座っていたアイトールが立ち上がり、やって来た男の子に近づくと、無言で彼の前に手のひらを掲げた。
男の子も同じように手を上げると自分の前に出された手をパシリと叩いた。
「遅刻だぞルネ!」
「ごめん。手続きに時間が掛かった」
二人が話している姿を見ながら私は妙な既視感にモヤモヤとした気持ちを抱きながら首を捻った。
「アイトールは席ついて。貴方は自己紹介をお願い」
先生がホワイトボードに問題を書く手を止めて、指示を出す。
教室中の視線が来訪者に集まった。
「フランスから来ました。ルネです。初めまして」
「ルネね、よろしく。今は空いてる好きな席に座ってくれる?」
ルネは軽く教室内を見回すとアイトールの前の席に座り、唐突に後ろを振り返ると、じっと私の顔を見つめた。
穴が空くほど見つめられていることに違和感を覚え、曖昧に微笑んだ。
青い瞳。金色の髪。何かが心の中にちらついた。
ルネが何かをフランス語で呟いて握手を求め手を差し伸べてきた。
ドクリと心臓が大きく鳴いた。
また、デジャヴ。
困惑を悟られないよう、上手に微笑みを張り付けたまま握手を返すと、彼はもう一方の手をそれに重ね、軽く引っ張った。両頬にキスを二つ。
実際に触れるわけではなく音だけのキス。
「っ?!」
違和感の正体に気付き、目を見開くと、目の前の男の子はにやりと笑った。
「初めまして。君の名前は?」
「私は……蝶々、です」
ルネ。金髪で青い瞳のフランス人。
「何ですぐ気づかなかったんだろう」
誰にも聞こえないくらい小さく呟く。
私の様子を不思議に思ったのか、アイトールがルネと私を交互に見た。
「どうしたの?」
「ううん」
挨拶していただけだとルネが首を横に振り、後ろ髪を引かれる思いで彼から視線を剥がしながら私も首を振った。
それから数秒、目の前の金色を見つめて、口元が緩むのを手で隠しながらホワイトボードに再び視線を戻したのだった。
英語もスペイン語も大分覚え、自分の周りの環境に慣れ始めた頃のこと。
教室に入ると、アイトールがいつもより嬉しそうにそわそわとしているのに気付いた。
「どうしたの?」
声を掛けた瞬間、彼はパッと花が咲いたような笑顔で即座に振り向いた。
「今日新しい生徒が来るよ」
「へー、どこから?」
「フランスだよ! 俺の親戚なんだ」
「そうなの?!」
「あいつがこっちに来るって言うから俺も来たのに、あいつの方が後れて来るんだよ? 遅すぎるんだって全く!」
文句を口にしながらも、頬を上気させ、全身を小刻みに震わせる姿から、心底喜んでるのが伝わってきて思わず私も笑顔になる。
その時ドアが開く音がした。
二人同時にそちらを振り返ったが入ってきたのは先生で、がっかりと肩を落とす。
「蝶々とアイトール! 何よ、その顔は! そんな顔するんだったらまだベルまで三分はあるけど授業始めちゃうわよ」
二人で慌てて謝ると先生はおかしそうに笑う。彼女が言うと冗談が冗談に聞こえないのだと、確保されたらしい三分間の自由に心の中でハレルヤを歌う。
「そうだ、今日新しい子くるわよ。英語も結構話せるみたいだし、よかったわね」
普段みんなとのスペイン語での会話に躍起になっている私を思ってか、先生はパチリとウインクをする。
「アイトールが嬉しそう!」
「同じ欧州の子だもんね!」
私以上に楽しみにしている人間を指さしたが、どうやら先生は転入生とアイトールの関係性を知らないらしい。彼女は少し違う理由を思い浮かべたまま満足げに頷くと授業の準備を始めた。
転入してくるフランス人について詳しいことを聞き出そうとアイトールをつついていると、始業のベルが鳴った。
授業が始まり数分後、静かに開いた教室のドア。
まず目に入ったのは金色に輝く髪。そしてどこかで見たことのある気がする顔。
隣に座っていたアイトールが立ち上がり、やって来た男の子に近づくと、無言で彼の前に手のひらを掲げた。
男の子も同じように手を上げると自分の前に出された手をパシリと叩いた。
「遅刻だぞルネ!」
「ごめん。手続きに時間が掛かった」
二人が話している姿を見ながら私は妙な既視感にモヤモヤとした気持ちを抱きながら首を捻った。
「アイトールは席ついて。貴方は自己紹介をお願い」
先生がホワイトボードに問題を書く手を止めて、指示を出す。
教室中の視線が来訪者に集まった。
「フランスから来ました。ルネです。初めまして」
「ルネね、よろしく。今は空いてる好きな席に座ってくれる?」
ルネは軽く教室内を見回すとアイトールの前の席に座り、唐突に後ろを振り返ると、じっと私の顔を見つめた。
穴が空くほど見つめられていることに違和感を覚え、曖昧に微笑んだ。
青い瞳。金色の髪。何かが心の中にちらついた。
ルネが何かをフランス語で呟いて握手を求め手を差し伸べてきた。
ドクリと心臓が大きく鳴いた。
また、デジャヴ。
困惑を悟られないよう、上手に微笑みを張り付けたまま握手を返すと、彼はもう一方の手をそれに重ね、軽く引っ張った。両頬にキスを二つ。
実際に触れるわけではなく音だけのキス。
「っ?!」
違和感の正体に気付き、目を見開くと、目の前の男の子はにやりと笑った。
「初めまして。君の名前は?」
「私は……蝶々、です」
ルネ。金髪で青い瞳のフランス人。
「何ですぐ気づかなかったんだろう」
誰にも聞こえないくらい小さく呟く。
私の様子を不思議に思ったのか、アイトールがルネと私を交互に見た。
「どうしたの?」
「ううん」
挨拶していただけだとルネが首を横に振り、後ろ髪を引かれる思いで彼から視線を剥がしながら私も首を振った。
それから数秒、目の前の金色を見つめて、口元が緩むのを手で隠しながらホワイトボードに再び視線を戻したのだった。
更新日:2018-05-12 15:14:05