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●終 君だけは泣かないで

 母親は俺を溺愛していた。それは俺にとって重いもので、その愛を受けるぐらいなら死んだほうがマシだと思っていた。あれは、高校2年の時だ。俺が自殺未遂をするようになったある日、あいつは言った。
「信じられない。さっちゃんはいい子の筈なのに」
 その目は怯えている。何も分かっちゃいないんだ。俺のことなんか分かってたまるか。
「苦しい……苦しい……苦しい……!」
 思い出すだけで吐き気がした。記憶の中で母親が泣いている。
「さっちゃんって呼ぶなよ……」
 無性に何もかも壊したくなった。手元にあるものを全て床に投げつける。お見舞いでダチが持ってきた雑誌、花瓶、テレビのリモコン。足りない。もっと。引き出しを漁る。悪趣味な着替え。嫌だ。匂いが残っている。
「……ゃんって呼ぶな……呼ぶなよ……」
 言葉にならず泣きわめきながら暴れた。そうだ、果物ナイフ。探したけれど見当たらない。花瓶だってガラス製じゃない。割れにくい素材のものばかりだ。ふざけるな。俺は舌打ちをして考え込んだ。
「そうか、紙……」
 雑誌を拾い上げる。そして紙の縁でためらい傷をなぞった。切れた瞬間ゾクッとする。ああ生きてる。存在を確認して、ようやく落ち着いた。

更新日:2012-01-05 02:50:08

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