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1章 - Before DARK

 200X年9月09日(木)

 台風が近づいている。今日の朝のニュースはもっぱらそれだった。
 郡山零次(コオリヤマ レイジ)はビルの隙間に流れる強風に逆らいながら、大通りへ足を進める。
 日の沈むのは季節が変わっていくと同時に、あっという間に短くなった。
 夜8時も過ぎると、あたりには濃い闇が落ちる。細い路地には街頭なんてものもない。
 その上、両脇から迫るビルのおかげで月の光すら入ってくることはない。
 わずかに明るい大通りへと向かいながら零次はぼやく。
「くっそ。……っつかれた」
 顔にはところどころ青あざが出来ている。拳は赤くなり所々擦り切れたように血がにじんでいた。
 口を開いて顔をしかめる。どうやら口の中が切れているらしい。
(思ったより手間がかかった)
 声には出さずに愚痴る。道を歩いていてケンカをふっかけられるのはよくあること。
 3人だと思って油断した。誘われて入った路地にはさらに3人の男がいた。
 それもこれも振り返った先に寝転がっている。耳を澄ませばうめき声と罵る声が聞こえたかもしれない。
 けれど強風が耳をかすめていて、かすかな声など聞こえるはずがなかった。
 ゴォッと強い向かい風が路地に吹き込んだ。思わず目を細め、腕で顔をおおう。
 風の音に耳を奪われる中で、カランッと高い音が響いた。
 続いてバウンドするように、高い音が続く。足元に何かが当たった感触があった。
 一陣の風が通り過ぎ、零次は足元に目をやる。
「……ブレスレット?」
 腰をかがめてそれを手に取る。銀色の細い糸を何重にも重ねて作ったようなブレスレットだった。
 やわらかそうなそれは見た目にそぐわずしっかりとした造りだった。
 大通りからのわずかな光を受けて鈍く光る。その中に一本だけ混じる赤い糸。
 零次は大通りをみやった。だがそこには誰もいない。
 それはそうだ。大通りと行っても繁華街などの通りではなく、ただの二車線道路に過ぎない。
 いつもは学生やサラリーマンが行き来しているが、今日は台風ということもあって人影は少なかった。
(ならどこから……?)
 上を見上げるも、暗い空と尋常ではない速さで流れる雲がみえるだけだ。ビルの窓が開いているわけでもない。
 また強い風がふいた。人の声が聞こえた気もしたが気のせいだろう。周りには誰もいない。
 ブレスレットは女性物だろうか? 零次の腕には入らない様に見えた。
 それでもふと試したくなって、零次はブレスレットに指先を差し入れる。
 それは確かに入らないと思っていたのに、何故かすっぽりと右手首に収まった。
 収まってしまうと、右手首全体にピッタリとブレスレットの当たる感覚がした。
 怪訝に思う。得体の知れない不安が胸を走り、着けたばかりのそれを外しにかかる。
「……なっ」
 銀色のブレスレットはピッタリと、まるで皮膚に張り付いたかの様に動かなかった。
 その中の赤い糸が、グニャリと動いた。
 右手首に一瞬静電気の様なものが走る。
「な……なんだよ……?」
 呆然とブレスレットをみつめる。銀の糸に混じる赤い糸。
 それがまるで血が通い始めたように脈を打っているのだ。
 そっと触ってみる。さっきまで冷たかったブレスレットは人肌に触れていた所為か、赤い糸が脈打ち始めた所為か、体温と変わらない暖かさがあった。

更新日:2009-01-14 21:08:57

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