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名も無き旅始め

私は、この素晴らしく居心地のよい木の上で葉っぱのざわめきに目を閉じ、耳を澄ましてぼんやりと取り留めのないことを考えていた。
しかしこの、これ以上はない程心地よい時間は邪魔される余地があるので、必ず邪魔されるのである。マーフィーの法則だ。
そう考えていると、やはり、木の下から「お~い」と聞き慣れた雑音が私の耳に入った。
こういうことを考えているから邪魔をされるのだろうか……。
しかし考え事をするのは趣味なので仕方がない。考えることをコントロールするのはとても難しい。

またもやそんな風に考え事をしながら、呼ぶ雑音を無視するのは当然わざとである。
朝から私の時間を邪魔する奴はそれ以上に時間を無駄にしてもらわねば。

しかし、十秒経っても、一分経っても、五分経っても、三十分経ってもその声は延々と私を呼んでいた。
しかも、声の調子がまったく変わってない。これはおかしいぞと思い、葉の影から下を覗くと、してやられた!そこには、山彦の笛が置いてあったのである。
山彦の笛は悪いものでは10分程度しか音は鳴らないが、いい物では何日もなり続けるのだ。……壊されない限り。

仕方なく私は高い木の上から飛び降り、笛の上に着地した、バキッという音を最後に音が鳴り止む。
ようやく静かになったと、また木の上に登ろうとすると今度は「あ~!」という声が聞こえた。

「高かったのに!」
「こんなもの、買わずとも自分で作れるだろう。私の時間を邪魔するとどうなるか分かったら早く帰るんだな」

私は相手のほうを見ずにそういうと、中途半端に上がっていた足を木の窪みに引っ掛け再び登り始めた。
下から聞こえる「それが出来たら苦労しねーよ!」という声は当然無視した。

「弁償しろーっ!」
「いいぞ、ただし開けられたらな。ほら財布だ」

また山彦の笛を置かれたらたまったものではない。
早くお帰りいただくために、私は金貨がたっぷり詰まっているはずの茶色い皮袋をその辺に放り投げて、今度こそ私は木を登り始めた。
しかし、相手はいきなりものすごい速さで木を登ってきて、足にしがみついてきた。さすがの私もこれでは登れない。私は諦めて地面に足を降ろした。

「……はぁ。で、用はなんだ」



「はぁ?買出し?」
「頼むよ!お前じゃないと駄目なんだ!」

この無精髭を生やした冴えない男は、昔からの腐れ縁で、困ったことがあると毎回私に頼み込みに来る奴である。
断れない私も私なのだが、そんな私の性格を差し引いても、この男は本当に何かを押し付けるのが上手い。
しかし、面倒ごとが嫌いな私は面倒ごとを避けるために無駄な努力……それこそ面倒くさいことだとは自覚しているのだが……反論することにした。

「買出しくらい私じゃなくてもいいだろうに」
「だから!お前じゃないと駄目なんだって!」
「宜しければ、私じゃないと駄目な理由を出来るだけ短く、簡潔に教えていただきたい」
「最近、獣達が凶暴化してきているのはお前も知っているだろう!だから、武術に秀でているお前にこうして頼み込んでいるんだ」
「バカか、お前は……」

人間を相手にする武術に秀でていても、獣相手では何も意味がない。
私は実戦経験もまるでないし、魔法だって使えない。手先が器用でよく小物を作ったりはするが、武器は作ったことがないし、扱えない。
そもそも、買出しなんて国の兵士に頼めばいいのだ。獣が凶暴化したことで念のため、小さな村にも兵士が来ている。
危険なことは専門の奴にでも任せておけばいい。

……ということを、しっかり分かりやすくこの男に話したのだが。

「お前なら大丈夫!」

何を言ってもこの調子で結局、また私が折れる形となってしまった。
まったく、アイツは私が命の危険にさらされる可能性があることを分かってこんなことを頼みにきたのだろうか……?
いや……きっとバカなのでそれはないだろう。
いつもの木の上に戻った後、そのことを指摘すればよかったと、私は今更ながらに後悔しながら眠りについた。

更新日:2009-01-14 10:07:41

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