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 青ざめた表情、まるで体内の血液を一滴残らず搾り採られたような先輩方に、千春は大変申し訳なく思うのだが、こっちもこっちで大変なことになっていた。
 何度も言うが、勇の対人能力はスライム並だ。今のだって、ただ勇の人相が悪いだけであって悪気はまったくない。
 勇は臆病だ。
 見た目だけのはったりヤンキーである。もちろん口も悪いし胆力もハンパでない。
 だが、それは勇が周りの目を気にして、敢えてそう演じていただけであって、勇なりの周りへの気遣いだった。
 なんの気遣いかはまったくわからないのだが、
 とまあ、勇はそんな心優しい?奴なわけであるので、三年達の恐がりっぷりにはショックを受けていたのだ。
「……うぅ……ヒック!…ヒック!……」
 目からボロボロと涙を流す勇。また泣きやがった。もうハンカチはないぞ、まったく。
 自業自得と言えばそれまでなのだが、悪気はないので慰めようにも慰めれない。その場にうずくまる勇を前に、千春は困ったような、それでいて呆れたような判別しにくい笑みを浮かべていた。
 ………どうするんだ、これ?
 勇は動く気配を見せないし、もちろん周りの奴らは問題外だ。ミニ番に進んで関わろうとするなんて自殺行為である。
 つまり、この状況でコイツをどうにか出来るのは俺しかいないってわけだ。
 ほんと、たった一日で壊れたな。俺の高校生活。
 ガシガシと頭を掻きむしりながら舌打ちする俺。酷くないよ?幼女相手に舌打ちしてるみたい見えるが、コイツはれっきとした高校生だ。
 そんな悶々とした不満を心中で爆発させながらも、千春は廊下にペタッと座り込む勇に声をかけた。
「勇、被害妄想は終わりだ。そろそろ行くぞ」
「べっ…別に被害妄想なんてしてないもん!」
 涙目だが、顔を真っ赤にさせながらも立ち上がった勇。うん、元気はまだあるようだ。
「わかったわかった。しかし、一日で二回も泣くとは………なんか可哀相というより哀れだぞ、お前」
「哀れ!?私が哀れだって!?この男装女ぁ!」
 男装女。まあこの場合は反応しないでおこう。仕掛けたのはこっちだからな。
「哀れだよ、あ・わ・れ。自分のレッテル剥がしたいんなら、少しはメンタル鍛えとかないと辛いぜ?これから先こういった誤解は数え切れないほどあるんだからさ」
「ぐぬぬ………。お前に正論言われると腹立つわ」
 勇は歯をギリギリと鳴らせ、その小さな体格をわなわなと震わせている。どうにも失礼な奴だ。
 しかしまあ、勇が泣き止んでくれたのでよしとするか。
 二人はそれから極普通の会話をしながら、廊下を歩いた。まだ千春や勇を覗く者もいるが、二人はまったく気にしなかった。
 勇が不機嫌なこともあって、現在廊下にいるのは千春と勇だけ。ほかの生徒は教室へと避難している。

更新日:2012-01-08 16:53:26

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