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一年前-ハヤブサの俊

 夕子と知り合ったのは韓国系のK学園の番長に連れて行かれたミナミの喫茶店だったと記憶している。
 僕と友人の藤原は当時高校三年生で秋になって既に部活も終了していた。この時期になると受験の為に部活を辞めるのであって、決して境東辺りの喫茶店でタバコを吸う為に辞めたのではない。にも関わらず僕たちは三時には喫茶店に出没し当時新しく売られ始めたばかりのハイライトを手にしていた。
 タバコを吸う事で大人の仲間入りを果たしたつもりでいたのだ。大人になったつもりの僕たちは普段より態度も大きくなっていたし新しく出来たばかりのデパートのトイレでは伸びかけた頭髪にクシを入れたりもしていた。
 そんなことをやっていれば補導に注意されたり他校の生徒とひと悶着あったりするものだが…その通りの展開になるから不思議だった。
 デパートのトイレで鏡に向かっていると大阪府下で悪名を轟かせているK学園の生徒が三人入ってきた。まずいことになったと思ったが僕たちは知らん顔で通り過ぎるつもりだった。友人の藤原もいち早く立ち去ろうとしていた。
 K学園の三人組のうち一番小さい坊主頭が、これまた定石通りにイチャモンをつけてきた。

「ナンパなガキやな。鏡とニラメッコかいな」

僕は麻袋に入れたボクシングのグローブが見えている事に気づいて慌てて奥へ押し込んだ。気づかれたら間違いなく喧嘩を売られる事になる。
僕が町のジムでボクシングを習っている事はまったくの秘密だった。幸いグローブには気づかれずに済んだようだがトイレの奥では既に騒ぎが始まってしまっていた。
藤原が出口へ向かおうとするのを足を出して妨害している。危険な兆候だった。藤原は気が短い。すぐに相手が誰だろうと関係なくなる。頭に血が昇ると分別を無くす男だった。
実際、K学園と問題を起こすと後が面倒なことになる事は分かり切っていた。
僕は慌てて止めに入った。

「すまん。急いでるんだ」
「お前は関係あらへん。すっこんどれ!」

別の二人が僕を押さえつけた。
途端に藤原より先に僕の方が分別を失っていた。

「引っ込んどれ?俺に言うとんのか?」
「何やお前、俺たちが、どこの者か知っとんのか?俺たちにゴロまいとんのか?おい!」

口より手が早いなんて決して褒められる事ではない。…だが時既に遅しだった。
僕は覚えたての左右のストレートとフックを繰り出していた。一人が膝から崩れ落ち、もう一人が壁まで吹っ飛んだ。弾かれたように藤原が、もう一人の首をしめた。僕は、そいつもサンドバックのように叩いた。歯が折れ血が飛んでいた。
最初の二人に関しては僕自身が、その効果の大きさに驚いていたが、ともかく三人ともへたり込んでいた。
我に返った僕と藤原は慌てて逃げ出した。南海線には乗らずに堺の町へ紛れ込むようにして逃げた。その日は無事に帰りついたがK学園の生徒を相手に、このまま僕たちが放っておかれる筈もない。いずれは二人とも見つけ出されて袋叩きになるだろう。

翌日、不思議な事に僕たちの武勇伝は校内中に知れ渡っていた。K学園の奴らを一方的に叩きのめした事は、それはそれで英雄扱いだったし一目置かれもしたが、反面抗う視線も多かった。

『はっきり言って迷惑だ!』

という視線だった。

「二、三流の大学へ進学するだけが取り柄の取り留めのない高校に波風を立てるな」

ということらしい。
だが例によって、そんな高校にも不良の振りをする半端な連中がいた。
そんな奴らが善後策を立てると言い出し、僕たちを三時限目の授業に出さずにプール脇の芝生が植えられた死角へ連れ出した。
変な言い方だが、こういう半端な不良は自己顕示欲が強いか、悪の仲間入りしたのが遅かった事を取り戻したいのかイキがり方だけは一人前以上だった。
自分が乱闘したわけでもないのに、やたら興奮して大声でしゃべる。
放課後に来るかもしれないK学園の殴りこみの人数を予想したり、バットやチェーンの確保にやっきになる。
僕は、こいつらは、これから起こるかもしれない乱闘シーンには居ない奴だと確信していたが、実際そうだった。

更新日:2011-12-12 08:31:06

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