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第三章

 目的地まで、歩いて五分。
 その程度の距離を敢えて残して、西園寺は車を停めた。
 大きく一度深呼吸して、覚悟を決める。
「……行こか」
「待て」
 むっつりと咲耶に制されて、開けかけたドアに頭をぶつける。
「何やねん、ボケるにしてもタイミング良すぎやろ」
「誰がそんなタイミング見計らうか。お前じゃあるまいし」
 咲耶が助手席から冷たい視線を向ける。
「お前、うちを出る前に言ってたの、あれ、どういう意味だ」
「何か言うたか?」
 さらりと流そうとするが、相手はそれを許さない。
「言っただろうが! あいつらが、お前のところにやってくると思ってた、って」
 返す言葉が見つからなくて、顔を逸らす。
「……お前、あいつらを一人で迎え討つつもりだったのか? 昨日の太一郎ん時みたいに」
「いやまあ一人やないで。本部もある程度バックアップしてくれる予定やったし」
 ごまかすように告げられた言葉に、溜め息をついた。
「莫迦だろう、お前」
「莫迦とか言うなや。傷つくやんか」
 西園寺がわざとらしく気弱に言い、片手を胸に当てて視線を遠くへ向けた。拳をごつ、とそのこめかみに当てると、咲耶が腰を浮かせる。
「行くか」
「おぅ」

 高い塀に沿って、歩く。
 一歩前を進んでいた咲耶が口を開いた。
「そう言えば、お前、ここに来たの何回目だ?」
「一回だけや。お前と会うた、新年のご機嫌伺いの時」
「お決まりのやつか。……じゃあ、知らないな」
 肩越しに振り返る。苦々しい表情で連れに告げた。
「銃は絶対に使うな。ていうか、攻撃するな。ひたすら避けることだけに専念しろ」
「何言うてるんや。ワシかて常識ぐらいはあるで。大体、攻撃とか考えてもなかったわ」
「そういう問題じゃない。もしも犬神を出現させでもしたら、一瞬で消滅させられるぜ。お前のは、俺のと違って替えが効かないんだからな」
 犬神は、つまるところ死霊である。それには明確に個の区別がある。もしも滅してしまえば、その存在は完全に失われてしまう。
 対して咲耶が扱う式神は、その場に存在する精霊を集め、型に嵌め、使役するものだ。術師個人に起因する個性はあるが、もしも一度消滅しても同じものを再度呼び出すことは容易い。
「ん? なに? 心配してくれとるん?」
 にやにやと笑いながら放たれた言葉に、あからさまに嫌そうな顔をする。
「莫迦か。単純に、後味が悪いだけだよ」
 そう言って、前に向き直る。
 漆喰で白く塗られた塀がようやく途切れ、木製の格子状に組まれた門扉が現れた。
 門柱には、白木の表札が掛けられている。

『守島』

 墨跡鮮やかなそれを見上げて、二人は一呼吸置いた。
「行くぞ」
 ぎゅ、と黒革の手袋を締め直し、咲耶が門扉に手を伸ばす。
 指先がそれに触れた瞬間、凄まじい雷光が迸った。
「何やぁ!?」
 緊張はしているものの、緊迫はしていなかった西園寺が驚愕の叫びを上げる。
 何かが焦げるような臭いを発しながら、守島は断固として桟を掴み、勢いよく引き開けた。
 発光自体は咲耶の手が離れた瞬間に収まったが、代わりに門の奥からは押し潰されそうなほどの圧力が感じられる。
「……何なんや」
「あー。やっぱり知らなかったか。うちは、招かれざる者が来た場合、大体こうだ。修行がてら、門弟たちが全力で潰しにかかってくる」
 ま、滅多にないけど、と呟く少年を、まじまじと見下ろす。流石に、こんな事態は想定していなかった。
「いやちょお待ってや。ワシだけやったらまだそれも判るけど、お前がここにおるやんか」
「前もって連絡入れてないんだから、俺だって不法侵入だよ。さ、とっとと押し通るぞ」
 しれっと告げて、薄く煙を上げる右手を軽く振る。
「いやいやいや、守島の本家の門弟って、一体どれぐらいおると」
「うるせぇなぁ。ここまで来てるんだから、腹括れよ」
 眉を寄せて、咲耶は門の内側へ一歩踏みこんだ。
 瞬間、ひょい、と首を左へ曲げる。正面から長い針のようなものが、耳を掠めるように飛来した。
 門扉を抜けることなく消え失せたそれを目の当たりにして、西園寺が喉を鳴らす。
「ああもう、行ったるわ!」
 踵を叩きつけるようにして、前進する。即座に半身を捻り、放たれた二手目をかわした。
「覚えがいいじゃねぇか」
 皮肉気に呟くのを睨めつける。
「いちいちやかましいわ。そもそもこれはワシの仕事や!」
「上等だ」
 そして二人は清められた白い砂利の上を並んで進み始めた。十数メートル先で曲がり、松の影へと抜けていく道の先は全く伺い知れない。

更新日:2011-12-22 20:27:02

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